大人のとあるよんどころのない事情で、オトナになってから一時的にひとり暮らしに戻った時期があった。そこで、料理や掃除、洗濯、買物、光熱費や税金などの支払いの手続きまで、日常の些事の全てを自分でやることになった。それで毎日うんざりするどころか、嬉々として難なく家事をこなした。家事が嫌ではなく、むしろ大好きだということが分かった。家事全般に目覚め、手際良く家事をする技を鍛えた時代だった。
やがて大人の事情の原因となった女性(お気楽妻である)と同居することになった。そして、彼女に何か家事を分担してもらうと、自分のやるべきことを代わりにやってもらってありがとう!と素直に思った。お気楽妻は家事は嫌いではないが、やりたい方がやれば良いというスタンスになった。お気楽夫婦の家事分担の割合は、そんなスタートだった。それから27年の歳月が流れ、私の家事全般の割合は増し、技術は向上した。
2020年春、見えない敵に対抗すべく、お気楽夫婦も籠城という手段を選んだ。2人でテレワークの日々だ。相変わらず朝の早いジジイは、明け方前に起きて朝食の準備をして、コーヒーを淹れるタイミングで妻を起こす。朝食後、妻が仕事の準備を始めている頃、後片付けを行い、掃除や洗濯を済ます。10時にはお茶とスイーツ。ランチの準備をして、夕食のテイクアウトの店を決める。その合間にデスクワーク。あれ?私は暇か?
休日にはジムに行けないから、普段はやらない時間が掛かる料理にチャレンジ。今日はウチナー料理の日!と宣言して、大好物のクーブイリチー、王道のラフテー、定番のゴーヤチャンプルーなどを作ってみる。友人にいただいた泡盛を飲みつつ、穏やかな休日に安堵する。翌日のランチは残り物のラフテーを使った丼。味の滲みた2日目のラフテー丼は恍惚の味。家事三昧の日々もやっぱり楽しいのだ。あれ?私は籠城好きか?
ある日、地元JAの「ファーマーズマーケット」という店に行ったところ、賞味期限が近いからプレゼントです!と「丸麦」の小袋を手渡された。ラベルにはお米と一緒に炊くと良いと記載されている。困った。お気楽夫婦宅には炊飯器がない。米がない。ではと、株主優待でいただいたトマトソースを手に取った。あり合わせの食材で作ってみよう!と、出来あがったリゾットはなかなかのお味。あれ?私の料理はアドリブ効いてる?
「大変!マダムからもらった雲丹醤油の賞味期限が近い!」食材のパトロールをしていた妻がアラートを出した。了解。何とかしよう♬お題を出されて、その答えをすぐに返すのは得意だ。さっそくメニューを考える。季節は春と来れば、春キャベツ、新玉ネギが美味しい。それにパスタで一品はOK!そして冷蔵庫の奥にチコリを発見。ツナ缶、クリームチーズ、ピクルスでサラダになりそうだ。少食の2人にはこれで充分だ。
「わぁ〜っ!美味しそうだ♬」出来上がった料理をテーブルに並べる。ポップなランチョンマットで茶系に寄った料理とのバランスを整える。何たって“雲丹醤油”だから茶系になるのは避けれらない。「ん、旨いよ!さすがだね!」ようやく褒めることを覚えた妻が笑顔で料理を味わう。早朝から仕事を始めるために終電で帰ることもなく、夕食前には仕事を終える。妻の生活も健康的になった。籠城生活も悪い事ばかりではない。
籠城の日々は、一緒にいる時間が長い分、老後の引退生活の予行演習とも言える。家でも(週末でも)たっぷり仕事をする妻。好きな家事に取り組み、妻の仕事をサポートする夫(私)。今のところ、この2人の生活は上手く続けることができそうだ。
電車に乗らない日々。自宅の周辺数百メートルの範囲で生活をしている。*ジョギングのコースを除く。そんな生活をする日々で楽しみなのは食事だ。デパ地下で惣菜を買う訳にはいかず、毎食手作りの料理ではレパートリーが限られる。馴染みの飲食店の大半は歩いて行ける場所にはない。となると、余り足が向かなかった店も含め、持ち帰りメニューを選ぶ事になる。だったらこの機会に新規開拓&地元飲食店の応援をしよう!
応援の1軒目は「エノテカ・クラフト」というピッツェリア。ずいぶん前に1度行ったきりで、その後伺っていないのは距離の問題。近くに同様にピッツアの美味しい店があるから。決してネガティブな記憶があるわけではない。メニューから選んだのはイタリア総菜の盛合せ。小食の2人が食べるには多いくらいのボリュームで3,800円。お得感がすごい!テイクアウトのピッツアは半額!と言う看板にも惹かれたが、さすがに無理。
自宅に持ち帰って「ビストロ808」用の白い大皿に盛付け直すと、かなりゼータクなディナーになる。盛付け次第で、料理は3割増し、いや5割増し以上の美味しさにもできる。料理も見た目が大切。美味しいことは絶対条件。「ん、味も良いね♬コロナの後に店でも食べなきゃね」と言う妻の発言がテイクアウトのポイント。今はプロモーションの時期なのだと思うことも必要だ。因みにこの店は5月1日まで休業になった(涙)。
「限定またやります!なんでも巻き30本限定」馴染みの「鮨いち伍」の大将が発したインスタの写真とコメントに食いついた。限定バラ寿司企画にはTV会議の時間の関係で購入できなかった。今度こそは!勇んで電話をするとまだ間に合う上に、バラ寿司も用意できると言う。即予約!夕方取りに伺い、折りに入ったバラ寿司と巻物を持ち帰る。見た目でもう美味しい。映える。やっぱり料理は見た目が大切としつこく実感。
「IGAさんが最初なんですよ!」そうか。数年前、遅い時間に店に立ち寄ると、「えぇ〜っ!シャリないですよ」そんな笑い声に何でも良いよと応えると「仕方ないなぁ」と言いながら作ってくれたのが、“何でも巻き”だった。すると別名IGA巻きか?それにしても大将のSNSの活用は見事だ。数ヶ月前に始めたとは思えないコメントの巧みさ。写真も上手い。旨そうに撮っている。こんな時期だからこそ重要なのが発信力だ。
「持ち帰りのお惣菜はいかがですかぁ」ご近所に聞き慣れない呼び込みの声。見慣れない場所にテイクアウト専用の屋台ができている。近寄ると、この街に居酒屋やバー、焼肉店など数店舗を展開している飲食店グループのものだった。街を歩いていると、別の場所にも同じデザインの屋台が出ている。そのグループの何店舗かは何度か訪ねたことがあり、若いスタッフが頑張っている印象。そうか、こりゃ応援しなきゃだな。
見れば3店舗分の料理を一緒に並べて販売している。おぉ、グループの強みを活かした良いアイディアだ。さっそく系列の2店舗、デリ&ダイニングの「SUSAN’S」とホルモン焼きの「八輪」の惣菜をゲット。この「SUSAN’S」のある場所は、何世代も前から経営が変わってもずっと飲食店で、どこも馴染みの店だった。我が街の飲食店の栄枯盛衰を実感する場所だ。*今は「TINBER FOOD SERVICE」という会社が経営。
さっそく持ち帰って小皿に盛り付けて並べてみる。コンビニで買ったスティックサラダと合わせ、自宅居酒屋の雰囲気。これはこれで“あり”だなとご満悦。「ビストロ808」ではなく「居酒屋八十八」か。料理全般が茶系なのもご愛嬌。ビールがすすむ。このグループが屋台で配布していた「STAY HOME GET DRUNK」と大書されたチラシには系列店を中心とした街のMAPと1ドリンクチケットが付いていた。
…そして1ドリンクチケットの傍にはこんなメッセージが。「この街と人に支えられてきました。今の状況が落ち着いた時に、ささやかですが、ぜひみんなで乾杯しましょう」こんな店には、ウイルスなどに負けて欲しくはない。この災禍を乗り越て欲しい、そう思わせる一文だった。こんな現状に、一人ひとりができることは少ない。それでも自宅に籠り、地元で頑張る飲食店を応援することぐらいはできる。おウチご飯で応援だ。
全国民に10万円給付することに異議を唱えるのではなく、お気楽夫婦は堂々といただくつもりだ。政府になんか返さない。元々は我々が納めた税金だ。そして、給付金にさらに所得税はかからないのだから、その10万円は寄付しようと思っている。2人が通うスカッシュレッスンを運営する会社にしようか、医療機関にしようか、自治体はダメだな、これからも営業を続けて欲しい地元の飲食店にしようか。テレワークの合間に、自宅でそんなやり取りを楽しんでいるお気楽夫婦だった。
自粛の春。予約していた芝居にも、週に何度か通っていたジムにも行けない。数人以上での会食、夜間の外出も控える必要がある。大勢で集まって、狭い空間で、長時間にわたり近接して飲んで食べる「ビストロ808」は問題外。しばらく休業を余儀なくされる。スポーツクラブや飲食店などの皆さんの苦労と心配を思うと、そんな冗談は言うのも憚られる。日常と思っていたことがいかに貴重なモノだったか。実感する春でもある。
エンタメも、スポーツも、外食も、不要不急ではないかと言われればその通り。生命体を維持するには不要だけれど、人として生きていくためには絶対に必要な要素だ。そしてそれらを生業にしている人たちにとっては、もちろん有要であり、生活していくためには早急な対応が必要だ。エンタメやスポーツ、食は大切な文化だ。それらの業界に携わる人たちの自助努力に頼るだけではなく、自国の文化を守る政策が必要だ。
…とは言え、運動不足だ。運命共同体の妻は別として、社会的距離を取り、三密に抵触することなく、2人でご近所を走ることにした。お気楽夫婦の住む街からすぐの場所にある小さな川沿いの散歩道を1時間ほどジョグ。満開を僅かに過ぎた桜並木が見事だ。たっぷり汗をかき、シャワーを浴びた後は、地元の中華料理店を応援ランチ。この店はテーブル間の距離も十分で、少人数の客ばかり。さっと食べて自宅に戻る。
自宅ではMTVを流しっ放しで、読書三昧。沢木耕太郎の『春に散る』。BGMは「King Gnu」だったり、「Dua Lipa」だったり、「セレーナ・ゴメス」だったり。聞き流しながら読書に耽る。最近気になっている「BTS」の「ON」のマーチングバンドのリズムが耳に入ると読むのを止めてMVを観入る。BTSが好き!という訳ではなく、ドラムサウンド全般に弱いのだ。そんなのんびりとした時間が流れ、夕暮れ時には腹が減る。
2人でいただく夕食は、地元の飲食店のテイクアウェイを基本とする。この時期、お気楽ではないお気楽妻の帰宅は遅い。ほぼ毎日のように終電。普段の独り飯は自作の料理かコンビニ飯のアレンジで済ませるが、妻が自宅にいる、すなわち自宅で仕事をする(笑)貴重な週末は、一緒に食べることを優先する。その日はご近所の人気ビストロ「38食堂」の前菜2品と「ラム肉とオリーブの白ワイン煮込みクスクス添え」をTake Away。
名物人気料理の「馬場農園の焼き野菜」は、野菜本来の味や香りを味わえる逸品。形は歪だったりするけれど、ひげ根まで食べられる無農薬の野菜がウリ。なんとかニンジン(名前忘れた)やビーツの柔らかな甘さを楽しむ。オードブル盛合せには基本のパテドカンパーニュや紫キャベツのマリネ。「ビストロ808(自作のもの)」と比べるのも愉しい。メインも、ラム好き&クスクス好きの妻が笑顔になる美味しさ、お値段も手頃だ。
「夜は店で食べないで、持ち帰りのウチ飯で応援だね」妻はご近所の馴染みの飲食店の持ち帰りメニューを調べ始めた。「おぉ〜っ、この店も持ち帰り始めたかぁ!」などと、それはそれで楽しそう。…コロナに打ち勝つ日まで、覚悟と責任を持った生活をしよう。感染しない努力、感染させない気遣い、人との接触を避ける新しい生活のスタイルとリズム。そしてそれが持続できるかどうか。それには細やかな楽しみも必要だ。