高円寺と言えば、今や阿波踊り。昭和32年、商店街の2代目が集まって、青年部が結成された時に始まったという。それが年々参加者を増やしながら、東京の夏の風物詩のひとつまでになった。そして、高円寺の街の代名詞となるイベントになり、昨年開館した杉並区立杉並芸術会館「座・高円寺」にも、阿波踊りホールという常設の練習場までできた。街と人とイベントの素敵な関係。ところで、その座・高円寺という劇場が頑張っている。芸術監督に佐藤信(さとうまこと)、館長に斎藤憐(さいとうれん)という自由劇場の設立メンバーでもある2人の大御所を据え、アート系のNPO法人が運営するという公共施設には珍しい柔軟さ。館内には演劇アーカイブ、カフェ アンリ・ファーブルなどのこぢゃれた施設があり、年に2回広報誌『座・高円寺」を発刊。それぞれが公共施設にはないセンスの良い色を出している。
演劇の街として知られるシモキタは、本多劇場を中心とした小劇場の街として人々を集めてきた。代表の本多一夫氏がザ・スズナリを1981年に、本多劇場を1982年に開場したことから始まり、今やすっかり演劇の街。高円寺も座・高円寺を中心とした街づくりが始動しているようだ。この2つの街には他にも共通点がある。ライブハウス、古着などロック系の店が多く、芝居やコンサートの後に、ライブの余韻を味わえる飲食店が多いということだ。…鈴木裕美演出の『富士見町アパートメント』に惹かれ、マキノノゾミ&鄭義信の作品にぶっ飛び、残りの2作も観なければ!と勇んで高円寺に出かけたお気楽夫婦。長い長いマエ振りに既にお気付きの方もいらっしゃるかもしれないけれど、残念な結果に終わった。何にでも当たり外れはある。芝居に対する評価ではなく、お気楽夫婦にとって合うか合わないか。
ということで、高円寺を訪ねた理由を芝居以外にも求めるために、夜の街へ。沖縄料理好きのお気楽夫婦が目指すのは、沖縄居酒屋の老舗「抱瓶」だ。この店で飲み、食べるだけでも高円寺を訪ねる理由としては充分だ。中央線のガード下に続く怪しげな飲食店街。ピンクの看板の途切れた辺りに、沖縄居酒屋の聖地とも言える店がある。店に入ると既に満席。「いらっしゃいませぇ」エイサー用の衣装を着た威勢のいい店員たちに大きな声で迎えられる。「すいませぇん、お2人様いらっしゃいましたので、少々お詰めいただけますか」とカウンタ席に2人分のスペースを作ってくれる。オリオンビールとウッチン茶で乾杯。芝居談義に花が咲く。「2人芝居というのは難しいね。『リバウンド』は3人だったから抜ける場面が作れたけど、2人だとそれができないんだよね」妻の穿った意見。うん、そう思う。
沖縄メンマなどをつまみながら泡盛をぐびり。ん、んまい♪芝居はともかく、沖縄料理は旨い。高円寺の酒は旨い。さぁ、今日は飲むぞぉ!…そこに見覚えのある客が登場。あれ、彼も知ってる。誰だっけ。「あぁ、さっきまで劇場で観ていた方々だね」冷静な妻が応える。芝居の打ち上げにこの店を選んだらしい。店の選択はよろしい。結局10人以上の団体で2階に向かった一座。「きちんと反省会してくれたまい!」妻が彼らの背中に向かって小さくエールを送る。こんな街が好きだ。街に芝居小屋があり、ライブハウスがあり、打ち上げをやるのに相応しい店がある。芝居を観終わった後に、美味しい酒を飲む店がある。そんな店で観客と劇団員がぱったり出会ったりすることがある。人と、酒と、街と、劇場の良い関係。良い街だ。良い店だ。良い酒だ。後は良い芝居を!「しょ〜がないよ。美味しかったからOK、OK♡」お気楽妻は芝居に厳しく、芝居に優しい。
自転車キンクリートという劇団があった。1982年、日本女子大学に在学中のメンバー(当然女子だけ)で結成され、1995年まで東京を中心に公演を重ねた。メンバーの飯島早苗が脚本を書き、鈴木裕美が演出、毎回客演を招き上演するというスタイル。久松信美、樋渡真司、徳井優、京晋佑など常連の客演男性俳優たちと交わす台詞に、同じ年代である飯島が描く脚本の世界に、鈴木裕美の演出にハマった。第8回公演以降、全作品を観る程のファンだった。そして、1992年から現在まで行っている「自転車キンクリートSTORE」というプロデュース公演の大半も観続けてきた。けれど脚本飯島、演出鈴木の組合せではなくなった最近の公演には不満もあった。敢えて見逃した公演もあった。ずっと寄り添ってきた「自転キン」とこれからは離れて行ってしまうのかと淋しく思っていた。
そこに救世主が現れた。マキノノゾミだ。2000年に初演の俳優座プロデュース公演『高き彼物』。その年の鶴屋南北戯曲賞を受賞したこの作品で、お気楽夫婦はマキノノゾミに出会った。そしてマキノノゾミ作、鈴木裕美演出という組合せにも同時に出会えた。1発で、ハマった。マキノが主宰する劇団M.O.Pを観始めた。ところが、当の劇団M.O.Pは2010年に活動中止を決めていた。残念。けれど、彼の作品を追いかけることは続けよう、と。そして、昨年OPENした「座・高円寺」という劇場で行われる素晴らしい企画で、マキノ+鈴木に再会することができた。舞台は、富士見町という都内と思われる街にあるアパートの一室。そこで、4人の作家の書き下ろしによる、4つの物語の、4つの時間が流れる。それぞれ1時間前後の芝居が、2つづつ組み合わされて上演される。画期的な企画だ。
自転車キンクリートSTORE『富士見町アパートメント』。4つの物語は、全て鈴木裕美が演出。4人の作家は、蓬莱竜太、赤堀雅秋、鄭義信、そしてマキノノゾミ。お気楽夫婦のお目当ては、Bプログラムの鄭義信『リバウンド』とマキノノゾミ『ポン助先生』の組合せ。会場の座・高円寺でお気楽夫婦を待っていたのは、舞台の上の木造モルタルのアパート。2DKの間取り。アパートの壁をぶち抜いて、観客が物語を覗き見してるような感覚になる装置設定。開演前は緞帳代わりの木枠の窓がぶら下がっており、室内の様子を隙間から眺めることができる。これがなかなか面白い演出。違う公演を観る度に、今度はどんな登場人物なのかと、部屋の様子で伺い知ることができるという仕掛けだ。暗転し、幕ならぬ窓枠が上がり、お気楽夫婦にとって最初の物語『リバウンド』が始まった。
崔洋一監督『月はどっちに出ている』『血と骨』などの脚本で知られる鄭義信の『リバウンド』は、3人の太った女性コーラスグループの物語。巧い。面白い。そして絶妙の配役。若き日の希望の象徴であるオーディションに出かける3人と、現在の挫折の象徴となる倒れた父の介護のために帰郷するメンバーを巡る3人。その間の時間の流れを暗転を使って巧みに表す。前後半でそれぞれ歌われるシュークリームスのナンバーが素晴らしい。そして2つ目の物語、マキノの『ポン助先生』は、もう絶賛。ポン助先生のキャラクターはシリーズ化して欲しいほど魅力的。かつて売れっ子だったマンガ家のポン助先生は、我がままで、直情径行で、プライドが高く、それでも憎めない。そして若いマンガ家役の黄川田将也が素晴らしい。マンガ家を目指して上京したての頃、売れ始め、挫折する、表情とキャラクターの作りが絶妙。
そして何よりマキノの脚本だ。1時間余りの時間に、過不足無く登場人物の造型を行い、心配になってしまう程大きく物語の起伏を作り、破綻無く物語を完結させる。「これは良い芝居だね♫さすがマキノだね♡」妻の瞳が輝く。「鈴木裕美の演出も凄いね。2本ともホント面白かったね」興奮気味でかつご機嫌な妻は、封印したタクシーでの帰宅を選択。「もう2本、観に行っちゃう?」そうだねぇ、頑張って観に行っちゃおうか。タクシーの車内で公演情報を検索。帰宅後、さっそくチケットを予約。そして…。
金曜日の夜、妻から急な残業で遅くなるとの連絡。あっそう、分かった。じゃあ、今日こそ誰かを誘って飲みに行くよ。では、そこそこ頑張ってね。と、電話を切る。…へへへへへ。よしっ!誰と、どこに行こうか。何を食べようか。妻との電話を切った後に、すかさず電話帳やメールアドレスを検索。もちろん女子限定。真っ先に連絡したのは、東横沿線に住む学生時代からの友人。お誘いメールを送り、しばし返事を待ちつつ、次候補のアドレスを検索。ん、金曜日は前職の会社のNO残業DAY。ランチ&飲み仲間だった“のんべ隊員”にお誘いの電話。「あぁ、隊長。お久しぶりです。おっ、飲みですか。良いですねぇ。ちょうど会社を出るところです」グッタイミン♬週末のパートナーをゲット!じゃあ、中目黒で待ち合わせようか!「了解しましたぁ」返信がない学生時代からの友人にはお詫びメール。
中目黒駅に到着と同時に、のんべ隊員から着信。「駅に着きましたぁ」うむ、これまたグッタイミン。改札で合流し「草花木果(そうかぼっか)」という沖縄料理の店に向かう。カウンタに座り、まずはオリオンビールで乾杯。久しぶりだね。「そうですねぇ、3ヶ月ぶりぐらいですか」いやいや、去年の夏の阿佐ヶ谷で飲んだ以来だから半年以上だよ。「へぇ〜、そんな感じしませんけど。ブログ毎週読んでるからかなぁ」かつての同僚は“快楽主義宣言”のマメな読者でもある。「うぅ〜ん、どれも美味しそうだなぁ」そう言いながら、彼女が頼んだ料理は、ミミガーのピーナッツ味噌和え、生の海ぶどう、豆腐よう、パパヤーサラダなど、酒のあてばかり。のんべ隊員の名に恥じない頼みっぷり。いずれも酒が進む、危険な料理でもある。さっそく泡盛をちびちびと飲み始める。
ところで、彼はできたの?堂々たるセクハラ発言。「実は最近、ちょっと気になる年下の男の子がいてですね…」おぉ、良いねぇ。攻めろ、攻めろ。結婚式は呼んでくれ。海外挙式も良いね。立派なオヤジ発言。「何言ってんですか。まだ始まってもいないですよ。でも海外挙式は良いですねぇ」恋バナに花が咲く。彼女にとって、私は父親であり、兄であり、飲み友だちでもある不思議な距離感。「そうですねぇ。父親には恋愛相談はしませんもんね」金沢近郊の彼女の実家からコウバコガニが届き、ご近所の友人夫妻と一緒にカニパーティをしたこともあった。母親が漬けたかぶらずしが届いたこともあった。彼女のお姉さんと一緒に飲んだり、妻と3人で一緒に食事をしたことも何度か。家族を含めたお付き合い。会社を辞めた後も、以前と変わらずに飲みに誘える貴重な年下の友人。
何杯目かの泡盛を飲み干す頃、「シメに沖縄そば食べましょう!このアーサーそばってのが良いですね♪」と元気にオーダーするのんべ隊員。「うぅ〜ん、美味しいですね」その前に3ヶ盛りのテビチを「私が2つ食べて良いですか♬」と平らげた若い食欲は最後まで衰えない。見事だ。すっかり満腹、満足。酔いも程良く身体を巡っている。良い夜だ。良い酒だ。よし、そろそろ帰るか。途中までタクシーで…「ダメです。まだ電車ありますよ。タクシーは乗らないってブログにも書いてありましたよ」ふぇ〜ん。良く読んでもらえば分かるけど、“深夜に酔って帰る時”はタクシーに乗るって…「はいはい。駅に行きましょう」昨秋にスイス一人旅をしてきたという元同僚は、しっかりものの妹分でもある。