バブル絶頂期、『Ryu’S Bar 気ままにいい夜』というTV番組があった。タイトル通り、作家の村上龍がホストのトーク番組。3年以上続いたのだから人気があったのだろうし、村上龍の作品が好きだった若き日の私も良く視ていた番組だった。けれでも、ボソボソ聞き取れないトークの村上龍は、黒柳徹子や阿川佐和子のような聞き上手でもなく、明石家さんまのようにゲストをいぢる訳でもなく、盛り上りに欠ける番組であった。
超話題となったデビュー作の『限りなく透明に近いブルー』や、初期の頃の最高傑作(個人の感想です)である『コインロッカー・ベイビーズ』など、エッジの利いた作品と対照的に、決して疾走感など感じられず、暗くて、マイペースで、でも好感度は高かった。あくまでも個人の感想ですが。それから15年を経て、2006年から“日経”スペシャル『カンブリア宮殿』という経済トーク番組を持ち、今も続く長寿番組となっている。
あの村上龍が日経?経済トーク?と思ったのは最初だけで、ボソボソとした語り口はそのままながら、いつの間にか聞き上手になっていた。決して不遜な態度で臨むことなく、斜に構えずゲストに相対し、それぞれの業界で成功したTOPをゲストとして迎えることも多いからか、素直にその成果や取り組みに感心するのだ。実に良い感じ。村上龍の、ついでに小池栄子の好感度は増すばかり。実は夫婦揃ってこの番組の大ファン。
W村上を比べれば、妻は村上春樹ファン。私はやや村上龍寄り。ロバート・B・パーカー亡き後は、村上春樹だけが全ての新刊をハードカバーで購入する唯一の作家。それに対して村上龍は、私が気に入った(気になった)作品のみ新刊を購入する作家。例えば、長崎時代の自伝的青春小説『69 Sixty nine』だったり、思わずジャケ買いした『半島を出よ』だったり。但し、多作ということもあり、全作品を読んではいない。
そんなある日、宿泊先のホテルのスパで豪華な装丁の本を手に取った。タイトルは『日本の伝統行事』そして文=村上龍とある。なぜ村上龍が日本の伝統行事?本の中央にある「JTE」って何?怪しいぜ。溢れる疑念を持って開いてみると、それは日本語と英語の文章が付いた美しい絵本だった。JTEはJapan Traditional Events という本のタイトルの略称であり、政治的、思想的、宗教的な背景が全くないことが分かった。ほっ。
我々日本人が普段は自覚することなく接している、お正月、節分、ひな祭り、お花見などの「行事」であるとさえ意識していない日常を、美しく洗練された日本の伝統行事だと村上龍は断定する。それどころか、全ての日本人が広く平等に持っている無形の財産だとまで言う。そこにナショナリズムが顕れているのかと危惧すると、来日する外国人が増える際、異文化を理解するために助けにしたいと英文も併記したと語る。ふぅむ。
例えば「お盆」のページには、「わたしは子どもの頃、お盆が苦手だった」とある。神秘的だがどこか不気味で、畏れ多いものだったと幼い村上龍は感じたのだと言う。そこに祖先の霊が牛に乗って帰って行く手前で家族がスイカを食べる柔らかで不思議な絵が挿し込まれると、祖母に手を引かれ菩提寺の階段を登ったお墓詣りの記憶が蘇った。Hosting the Spirits of our Ancestors=祖先の霊を迎える、という英訳もぴったり。
そして、「最後に…」という文章で、なぜ村上龍がこの本を作ったのか、自分の幼少期の記憶を辿りながら詳細に語る。共感できるエピソード。この本に載っている伝統行事は、今も形を変えながらも残っている地域共同体の残像であり、失われつつある家族の記憶でもある。昭和を生き、平成を経て、新たな令和という時代を迎える現在、しみじみと読み眺めるに相応しい、自分の中の日本人を再自覚する、読み応えのある1冊だ。
ある週末、仕事をいつもより早めに終え、馴染みのビストロのカウンタ席で、独りビールを飲みながらゲストたちを待つ。オープンキッチンの中のシェフ(ビストロ料理の師匠)に、その日のゲストのプロフィールを伝え、メニューを相談する。アスリートの若い子2人だから、全部盛りのオードブルの後は、肉を全部盛りで…。「あ、ホワイトアスパラは食べますか?」もちろん食べるさ!そんなやり取りをしている処に妻が登場。
「こんばんは!」その日の主役たちも揃ってご来店。17歳の時に(最年少記録)スカッシュ全日本選手権で初優勝して以降、5連覇中の机龍之介くん、同じく18歳で最年少記録で初優勝の後、2連覇中の渡邉聡美ちゃんだ。お気楽夫婦にしてみたら、一方的に2人のことは知っていたけれど、知り合ったのは昨年末。ひょんなことから、彼ら2人のPSA(プロスカッシュ協会)ワールドツアー参戦を応援することになったのだ。
「わぁ〜っ、すっごく美味しそう♬」アミューズのポークリエットに続いて供されたのは、豪華でボリュームたっぷりなオードブル盛合せ。若い2人にとっては文字通り前菜でも、少食なお気楽夫婦にとってはほぼメインディッシュに近い。「海外転戦の前に、日本で美味しいものを食べ納めです」数日後にはマカオOPEN参戦のために日本を離れるという聡美ちゃん。海外での生活が長い彼女にとって、日本での食事は格別らしい。
「ホテルだとキッチンが付いていないから自分で作る訳にもいかないし、食事は気を使いますね」12歳でマレーシアにスカッシュ留学し、世界各地のジュニアの大会で輝かしい成績を収め、アジアジュニア1位にもなった聡美ちゃん。PSAに参戦して以降も、2017年の世界選手権2回戦で当時世界ランキング1位のエジプト選手シャービニに敗れた(世界1位 vs 日本1位 !)ものの、ベスト16という堂々たる成績を残している。
「SQUASH TV」というスカッシュ専門チャンネルを申し込んだのは、聡美ちゃんの試合が観たかった為だとお気楽妻が伝えると、「わぁ、嬉しいです」と微笑む美女アスリート。妻は聡美ちゃんの試合観戦以降、PSA熱が高まり、世界各地で開催されている大会の速報をチェックし、PCで試合を観戦する日々。最近はその熱がさらに高まり、毎朝スカッシュ仲間と試合の予想や感想をチャット状態でやり取りしているのだ。
昨年末、そんなタイミングで2人の日本チャンピオンと知り合って、彼らのスカッシュ愛溢れる話を聞く内に、その場でピンと来た。彼らを応援することを仕事のモチベーションにしよう!50歳で仕事を辞め、毎日ジムに通いたい!と言い続けて来た妻も55歳。せっかくだから東京オリンピックが開催される2020年まで、だったら定年の60歳までと仕事を続けることを決意。ならば、応援を働くことの意義のひとつにしよう!
「今年は単位も余り取らなくて良いし、本格的にPSAツアーに参戦しようと思っているんです」龍之介くんのはにかむような言葉も、決め手のひとつだった。これまで歴代の日本人トッププレーヤーが挑み、跳ね返されて来た世界の壁。その壁を越えようとしている2人。応援せねば。「食べきれそうもなかったら、ドギーバッグもあるよ」そう伝えると、大量の肉の前にホッとした顔の初々しい若者たち。可愛いチャンプたち。
「海外で試合する方がのびのびできるんです。誰も私の事を知らないし。逆に国内だと負けちゃいけないって緊張します。でも、まだ負けません。後輩たちの高い壁になりたいです!」良いなぁ、聡美ちゃんのプロ意識。TOPの自覚。応援のし甲斐があるってもんだぜっ。「いつか2人のプレーを香港OPENの会場で観たいんだよねぇ」妻の呟きに激しく同意。応援してるぜっ!若き2人の日本チャンピオン、世界へ翔け!
井上陽水のアルバム『氷の世界』に、『弥生三月散歩道』という曲がある。桜の季節にこの道を歩くと、ふとその曲を思い出す。桜や木蓮の並木の両脇に車道はあるものの、歩行者専用の散歩道の風情。私が勤めるオフィスがある自由が丘の南口、九品仏川の緑道だ。毎年のように早くなる桜の開花に合わせ、今年は3月半ばから提灯をぶら下げ、恒例の「さくらまつり」の準備が始まった。春が来たと実感する嬉しい風景だ。
そして、渋谷を経由する通勤故に、東急百貨店に立ち寄ることが多い日々。それもシブ目に「東横のれん街」が私の獣道。井の頭線の改札からのれん街を通って、東急の渋谷駅に向かうのだ。その途中「花見弁当」という企画が目についた。出店する惣菜系各テナントが花見に掛けて「873円」の期間限定のオリジナル弁当を販売するという、昭和のオヤヂに刺さってしまう企画!思わず桜の花見なのに「梅の花」の八角弁当を購入。
緑道の桜を見下ろしながら、自分のデスクで花見弁当をいただく。春の細やかなお楽しみ。小さな幸福。帰宅する前に、のんびりと夜桜が美しい緑道を歩く。まだ肌寒いけれど、緑道の両側に建てられた建物は景観条例に則り、派手な看板もなく、壁面などの色調も落ち着いたものに限定されており、統一感のある美しい街路となっているから、歩くだけでもとても楽しく、この街で働けることを誇らしく、嬉しく思えるルートだ。
またある日の花見弁当は、銀座アスターの中華弁当。実は私は、かなりの弁当好きであるばかりか、温めなくても美味しい、さらに言えば、常温で食べる方が美味しいシウマイ弁当や駅弁が大好き。この弁当も常温でウマウマ。緑道を見下ろせば桜も満開。…そんな風に、日々自由が丘の桜の開花状況や花見弁当をSNSでアップし続けていたら、それを読んだ奥さまが釣れた。「IGAちゃーん、週末に自由が丘でお花見しよう♬」
OK!と、軽いノリで応え、すぐにオススメの店を予約。「自由が丘さくらまつり」開催の週末は、あいにくの肌寒い陽気だったけれど、自由が丘らしく、オシャレなサクラを堪能。その日ご一緒したのは、花よりダンゴならぬワインなマダム。春らしいコートを纏い、のんびりと緑道を散歩し、サクッとサクラを鑑賞。お気楽妻と共に桜の樹の下で写真も撮った。花見の儀式は終了。さぁ、本番のランチ、そしてワインだ!
勇んで向かったのは、「エノテカ クチーナ フレッチェ」という絶対に店名を覚えられないであろうイタリアンの人気店。九品仏方面に向かう緑道沿い、かつての繁盛店「SODAカフェ」があった場所。その日のランチも予約で満席。誕生日を祝う家族連れ、初々しい初?デートと思しきカップル、賑やかなオバちゃま女子会など、多彩な客層。マダム2人+オヤヂは、さっそく冷えたスパークリングワイン&ウォーターで乾杯だ。
最初に供されたのは、サーモン、タコ、甘エビなどの海鮮系に加え、サラミ、アーティチョークなど多彩な食材が豪快に盛り付けられたオードブル♬さらに、何種類かのメニューから選べるパスタランチはお得。皆でシェアしようと3種のパスタをチョイス。中でもスパゲッティ ポッタルガ(カラスミ)が絶品。「IGAちゃん、ワインお代りしようか!」Oui、Madame!休日の昼下がり、まったりとワインを傾けるゼータクな時間だ。
桜の開花に心を踊らせ、誰かと約束したくなる。満開のサクラを前に人恋しくなり、誰かと共に酒を酌み交わしたくなる。散り行くサクラの花びらが物悲しく、来し方と行く先をひとり思う。春よ春、今年も春がやって来た。あと何度私にサクラの季節が巡ってくるのやら。若い頃のような焦燥はない。かと言って、まだまだ諦観もない。井上陽水は唄う。♬だって人が狂いはじめるのは だって狂った桜が散るのは三月♬もう4月だ!