雪を呼ぶ鍋?「お気楽妻の料理」

Nabe1Nabe24年前の1月のある日、お気楽妻が料理を始めた。大きく切ったじゃがいもと、丸のままの玉ねぎをくつくつと煮込み、骨付きソーセージ、ニンジンを加え、別に茹でたブロッコリーを添える。味付けはコンソメと塩胡椒だけ、香り付けに何種類かのハーブ。食べる時には粒マスタードをたっぷり付けていただく。実にシンプルな料理、ポトフだ。すると、早朝から降り始めた雨がみるみる雪に変わり、あっという間に街は雪化粧。「やばっ!珍しく私が料理なんてするからかな」と自覚はある妻。Facebookにアップすると、「コラーっ!」「大雪の原因はこれか!」と大勢の友人たちから突っ込みが入る。すっかり家事をしない妻というキャラが確立されており、ある意味羨ましい限り。

Nabe3Nabe4のある日、そんな妻が久しぶりに料理を作り始めた。大根の面取りをして下茹でして、買って来たおでんダネを一緒に煮込むだけ。またもや料理とは言えない程シンプルな鍋料理、おでん。料理はシンプルだけれど、「てとら」のジローさん手作りの柚子胡椒、セミプロゴルファーの女子からいただいた「フォアグラ味噌」がポイント。フォアグラ味噌はミリンで延ばし、ナッツを砕いて混ぜ、大根に付けていただく。絶品。4年前に雪を呼んだ洋風おでんに懲り、天候が荒れることを恐れ、友人たちに注意喚起するためにFacebookに画像をアップ。すると、柚子胡椒とフォアグラ味噌に惹かれた友人たちが食いつく。たまに作る料理が話題になるのは幸福なキャラ設定だ。

Nabe5Nabe6週のおでんで雪を降らせることが(でき)なかった妻。ところがその直後、今冬最強の寒波がやって来て、私が風邪を引いた。病気になると、とたんに優しくなる妻。週末にまたもや料理に取り掛かる。寒いからと言って、やはり鍋料理、今回は「ブリしゃぶ」だ。ん?だったらセリを買って来て、セリ鍋にしたらと提案。仙台で最近人気の「根っこ」まで食べる、と言うよりセリの根っこがメインの鍋料理らしい。食べてみると、淡白なブリと野菜にジローさん作柚子胡椒がぴったり、実に旨い。根っこもシャキシャキと滋味深く美味しい。またまたFacebookにアップすると、「明日は雪かぁ?」とすっかりネタになっている。そして西日本で大雪。受験生の皆さま、すまんでした。

Nabe7Nabe8が作る料理は鍋が多い。定番のポトフは妻が好きだということもあり、たまに食卓に乗る。メインはソーセージだったり、角切りベーコンだったり。それも、お正月明けの連休に“料理スイッチ”が入ることが多く、ちょうどその頃に雪が降ることが多いから、妻の料理=雪という偶然が重なった訳だ。ところで、珍しいことをすると「雪が降る」と言う冗談は、雪の少ない地方限定なのかと、ふと疑問に思う。毎日のように雪が降る街で、妻が料理をしても「明日は雪か?」と突っ込まれることはないはず。ん?けれども、そんな雪深い地方でも、暑い夏の日に料理をしたら、「明日は雪でも降るんじゃないか?」と言われることはあるかもしれない。すると場所と季節を限定した用法か。

週末は寿司が良いかな♬」と、私の風邪が治ったこともあり、いつも通りのペースに戻った妻。何故かホッとする。自宅で(ましてや妻が)料理をするのはイベント、中食(惣菜を買って来て自宅で食べる)や外食は日常というお気楽夫婦。嵐を呼んでしまう鍋料理は、受験生の為にもほどほどに。

ノスタルジーだけではなく「それぞれの同期会、同窓会」

60−1Same2暦祝いのご案内」昨年秋、そんな封書が届いた。発信元は中学の同級生。え?1年早いんじゃないか?2月生まれの私は、年が明けても59歳。60歳は翌年…ん?お〜っと、殆どの同級生たちは60歳になるのか。驚いた。たかだか1年の違いでも、まだ先だと思っていた分、あっという間に歳をとった気分。何せ、還暦だ。子供の頃、母方の祖母の還暦祝いを盛大にやり、小学生だった私が(余興として)音楽に合わせて踊ってウケた記憶がある。その頃の祖母と言ったら、どこから見ても正しい昭和の“おばあちゃん”だった。う〜む、あの歳か。と、参加してみたら個人差はあるものの(笑)みんな若々しい。好きだった子(笑)に30歳過ぎの子供がいたりするのもご愛嬌。楽しい会だった。

Same3Same4卒で入社した某百貨店の同期会のお誘いが来るのもここ数年のこと。わずか数年在籍しただけだから退職後30年以上経っているのだけれど、連絡をもらえるのが嬉しく、いそいそと出かけて行く。顔と名前が一致せず困惑したり、会社の現状の話題になると聞き役になることもあるが、気にしない。入社当時は想像もできなかったが、同期メンバーも店長になったり、人事部長になったり。現在の立場で仕事をしている姿は目に浮かばないが、入社当時のエプロン姿や青いエピソードは鮮明に覚えている。退社してそれぞれが別の仕事をしていても、入社間もないフレッシュな時間を共有した仲間たち。今年は入社35年になるから盛大にやるぞ!と幹事役が張り切る。これも楽しい会だ。

Same5Same6同窓会やります!」と、年末にメッセージが来たのは20年近く在籍したP社のかつての部下から。メインゲストの1人が還暦で、本人には小ぢんまりとした飲み会の態で呼んであるが、実は50人を超えようかというメンバーが集まるのだという。お気楽妻と共に会場に行ってみると、懐かしい顔が勢揃い。退職後10年以上経っていることもあるけれど、それ以前に辞めたメンバーも多く、2度と会えないかと思っていた方にも会えた。イベント好きの会社だったP社。会の企画も、進行も、盛り上げ方も手馴れたもの。あぁ、これが30年前のP社だったなぁと感慨深く、実に楽しい。当時よりずっとオトナになったとは言え、当時20代、30代だった頃のノリ。タイムスリップした数時間。

Same7Same825周年、ホントに企画していただいて嬉しかったです。ありがとうございました!」20年近くスカッシュのレッスンを受けている山ちゃん(山崎貴行コーチ)に、真顔で言われたのは去年だった。彼が学生時代から始めたスカッシュレッスンの25周年という節目に、何か企画しようとレッスン仲間から声を掛けられ、血が騒いだのは前職のP社のDNAだったのだろう。男女の元日本チャンピオンを含め、50人を超えるレッスン生を集め、盛大に開催できた。スカッシュという共通言語はあるものの、年齢も、仕事も、スカッシュのキャリアや上手い下手も関係なく、山ちゃんの教え子の謂わば同窓会。コーチである“先生”の方が、半数以上の生徒よりも若いという、愉しい会だった。

Same9年、やっぱりやろうかな。そう言うと、お気楽妻が「どうかな」と返す。自分の還暦を友人たちと一緒に祝いたい、お気楽妻との25周年(入籍からではなく)を結婚パーティと同じ「パークハイアット東京」で祝いたい、というのが私の望む企画。う〜む、やっぱり難しいか。還暦だから、ぐるっと廻ってゼロクリアということで、60歳までの自分の生前葬のつもりで…。「分かった。どうしてもやりたいんでしょう?」諦めたように妻が言う。ん、昔を懐かしんだりするだけではなく、これまでの好誼に感謝し、まさしく現在(いま)を楽しみ、ゼロから始める新たな人生で、これからもよろしく!と友人たちに伝えるために。*ホントに企画します♬*もちろん結婚パーティの時のように、シャンパン飲み放題で!(笑)

ありふれた、ありがたい日常「義父母との日々」

Hamamatsu1Hamamatsu2母が逝き、妻の故郷である浜松に2人で暮らす義父母だけが、お気楽夫婦の両親となった。妻は一人娘。離れて暮らす父母を気にかけ、年に数回は故郷に向かう。春の浜松祭りの頃、秋の連休、そして年末年始が恒例。その度ごとにムコ殿である私も同行。マスオさんに徹し、妻のサザエをサポートする。年末年始のルーティンは、新幹線の車内宴会からスタート。品川駅で買い込んだオードブルを肴に、ビールと缶コーヒーで乾杯。妻の故郷に向かい、マスオさんになるための通過儀礼のようなもの。いつものハレの儀式。*この儀式は年末年始に限ったことではないけれど。浜松に着いた翌日は、大掃除、浜松のスカッシュ仲間たちとの打ち納め、そして両親との忘年会というのがお約束。

Hamamatsu3Hamamatsu4‘16年の忘年会は、義母の喜寿のお祝いを兼ねてカニ尽くしの宴。食が細い2人のために、品数が少ないコースで予約。それでも、カニ刺し、カニすき、焼きガニ、カニ寿司などがひと通り味わえるお得なコース。そしてデザートが出てきた頃合いを見計らって、こっそり持参してきたプレゼントを贈呈。バラの包みのタカシマヤ♬の箱の中は、深紅のバラのプリザーブドフラワー。花屋を何軒も探し回り、ようやく巡り会えた納得の一品だ。「わぁ〜、キレーだね。ありがとう♡」花を育てるのが大好きだった義父母。一軒家からマンションに引っ越した後は、鉢植えの花を育てながらも、億劫になってきた気配もあった。これなら暖かな部屋の中で花を愛でられる、というチョイスだ。

Hamamatsu5Hamamatsu6末年始の大事なお約束がもう一つ。年末のご近所温泉旅行。日頃はほとんど外食もせず質素に暮らす義父母が、年に1回だけのささやかな贅沢として、娘と一緒に宿泊することを楽しみにしているのだ。宿はいつもの「ウェルシーズン浜名湖」という洋室がある温泉ホテル。加えて今年はバリアフリーの客室をチョイス。大浴場などの館内の各施設へのアクセスも良く、膝が悪い義母の負担も軽減できる。この宿の予約と宿泊代の支払だけは、敢えて義父母にお任せ。チェックアウト後にありがとうとお礼を言えることがお互いにきっと嬉しいのだ。そして、私の年始のお楽しみである「割烹 弁いち」のお節料理はお気楽夫婦が支払う。このバランスがマスオさんとサザエの気配り。

Hamamatsu7Hmamatsu8旦の午後、同窓会に参加するため一足先に東京に戻る。車窓に余りに見事な富士山が現れ、思わず撮影。富士山好きの義父母に見て欲しいからとお気楽妻に画像を送る。独りで眺める富士が“家族の富士”になる。富士の名は“不尽”に通じ、その大きさや美しさが尽きないという意味であり、“不二”とも呼ばれ、2つとないほどの山という意味になる。誰もがその姿を見れば、そんな気持になる。自宅に戻り、デパ地下で買ってきたオードブルを、せめてもと小さな器に盛り付け並べてみても、独りで味わう食卓は淋しい。お気楽妻と共に義父母と過ごす年末年始の時間は、毎年同じように過ぎて行く、ごくありふれた日々。けれども、とてもありがたい時間なのだと実感する。

と何年、こうやって年末年始を一緒に過ごせるかなぁ」お気楽妻が零すことばは、実の親のことだけに遠慮がなく、リアリティがあり、切実でもある。だからこそ、マスオさんはサザエさんと共に浜松を訪れる。可能な限り。彼らがお気楽夫婦の記憶の中にしか住めなくなる前に。私の父母が住む場所を訪れる前に。

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