お気楽夫婦の日和とは『家日和(いえびより)』奥田英朗

家日和朝同じ時間に出勤する必要がない、という意味においては会社員ではなくなった。複数ある名刺にはそれぞれの企業や団体の肩書きが記されているけれど、それらは仕事の“一部”でしかない。一日中自宅で仕事をする日もあるし、土日や平日の深夜に申請書類や企画書を作成することもある。朝は短パン姿で妻をエントランスまで見送りつつ、朝刊を自宅まで持ち帰る。そんなタイミングで他の住民に出会う時には微妙な空気が流れる。「…また今日もお休みなのかしら?それとも…」という好奇心溢れる視線も注がれる。きっと気のせいなのだろうけれど。平日の明るい時間に隣にあるコンビニに向かうと顔馴染みのスタッフから挨拶される。この人は何やっている人なのだろうという疑念を持たれつつ。考え過ぎなのだろうけど。

田英朗の『家日和』には、いろんな家族が、夫婦が登場する。6つの家族、6組の夫婦の物語。それぞれの短編に、くすっと笑ってしまったり、身につまされるエピソードがたっぷり詰まっている。例えばその中のひとつ、「ここが青山」に登場するのは、会社が倒産し主夫となってしまった夫と、それを機に以前勤めていた会社に復帰しいきいきと働き始める妻。こう聞くとネガティブな空気が流れる物語を想像する人も多いと思うが、そんな人にはきっと肩透かし。それも良い意味で。主人公の湯村夫妻の肩に力の入らなさ加減が良い。妻の役割、夫の立場などという単純な構造の否定だけではなく、あるいはその逆転の面白さだけではなく、自分の青山(せいざん=墓場)の在処を自覚していく2人が実に良い。傍目を気にせずに自分を生きると、自分が活きることもある。

わが家の日和においでよ」の主人公は妻と別居することになった夫の巣作りの話。お気に入りの家具だけを持って家を出て行ってしまったインダストリアルデザイナーの妻。仕方なく生活用品を揃え直す夫。けれど、独りで家具などを選ぶ内に、妻とは微妙に好み、センスが違っていたことを改めて自覚する。その内に、オーディオセットやソファを揃え、実に居心地の良い“独身男の住まい”になっていく。別居を心配した同僚たちも、その部屋に魅せられ夜な夜な集まって宴会をするようになる。経済的に豪華なオーディオセットが買えなかった独身時代、経済的には購入可能になっても“男の部屋”を持つスペースはない。そんな男たちの理想の家ができてしまう。そして…。いやぁ、分かるぞっ!と膝を打つ男性も(女性も)多いはず。

日の午前中、自宅の小さな書斎でパソコンに向かっている。もちろん、Tシャツに短パン姿である。妻が出勤準備をしている間に朝食の後片付けをし、掃除も済ませた。仕事のメールを何本か送った。この記事を書き終えたら、企画書を1本まとめなければいけない。それに、コンビニにお昼を買いに行かなければいけない。ゴミをまとめるのは明日で良いか。今日は午後から雨らしい。洗濯日和じゃないからバスタオルを洗うのは明日かな…。“日和”とは『広辞苑』によると、「空模様、天候。また、ある事をするのにふさわしい天候」とある以外に、「事のなりゆき、くもゆき、形勢」ともある。それぞれの家には、それぞれの日和がある。

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