遥かワシントンへ届け!「Madame , My Love」

LungKingHeenダムと呼ばれる女性がいる。一般名詞のMadameではなく、固有名詞としての“マダム”。誰から呼ぶともなく、いつの間にか仲間内でそう呼ばれ、あっという間に定着した。彼女がそう呼ばれるには理由がある。もちろん奥さま。スカッシュを通じて知り合ったお気楽夫婦が知る限りでも、アクティブで社交的で、交友範囲が広い。知性的なのに気取らない。年齢を感じさせない若々しさがある。オヤヂのような飲み方をしても品がある。そして何より華がある。誤解を受ける場合もあるらしいが、男女問わず周囲を惹きつける魅力がある。お気楽夫婦は、そんなマダムと意気投合。スカッシュ以外でもご一緒する機会が急速に増えていた。ところが…。

YogaHonjou身時代にCAとしての勤務経験もあり、英語が堪能な彼女は海外勤務の多かったご主人を支え、2人のお子さんを育ててきた。その息子さんは社会人、娘さんは来春卒業。この夏、そんなタイミングでご主人のワシントンD.C.への赴任が決まった。いくつかの選択肢の中から、2人の子供を残しご主人と一緒に渡米することを選んだ。巣立ちも間近な子供たちのこと、親しい友人たちと過ごす充実した日々、故郷に住む親のこと、迷いも葛藤もあっただろう。「アメリカが嫌になったらすぐに日本に戻って来るわよ」笑いながら、冗談のように明るく言うけれど、周囲は突然のニュースに驚いた。さらに、赴任の日が早まり、マダム渡米のスケジュールも年内となった。

Foo3れからマダムの怒濤の日々が始まった。日本では船便で送る家財道具をまとめ、渡航手続きを行った。ワシントンに飛んでは、多忙なご主人に代わり2人の住居を選び、家具を選び、ついでにスカッシュコート付きのスポーツクラブを探した。さらについでにワシントン駐在の奥さまたちの集まりに参加し、地元交友の足場を作ったあたりはさすが。そして帰国してすぐに、以前から約束していた香港行きを決行。であればと、お気楽夫婦もご一緒し、香港の美味を堪能。香港から日本に戻った時点で渡米まで1ヶ月弱。そんなスケジュールの中で、彼女が会っておきたい友人たちと設定した食事会、飲み会の数、なんと30余り。1日に複数回をハシゴすることもあったらしい。それでもFacebookにコメントし、mixiの書込みを精力的にこなした。

Squah&Karaoke2気楽夫婦も、マダムの肝臓と胃腸を痛めつけるような、そんな日々に貢献?した。香港でご一緒したご夫婦のご自宅で手料理を味わい、スカッシュ仲間で恒例の「用賀本城」に伺い、「広東料理Foo」で深夜まで大騒ぎ。そして、渡米数日前にさすがにマダムがダウン。ご一緒する予定だった「パクチーハウス」は急遽キャンセル。渡航前日に予定していた「田中星児と歌おう!スカッシュ&カラオケ壮行会」に備えてもらった。そして当日。体調は完全ではないものの、マダムは弾けた。皆と一緒に歌い、泣き、笑った。この数ヶ月ご一緒した写真を中心にデジタルフォトフレームに収めプレゼント。そして、参加メンバー全員から、マダムに贈る歌をセットリストと共に贈った。ワシントン土産だという揃いのTシャツを着て、記念撮影。あっと言う間にマダムと過ごす渡米前最後の時間が過ぎて行った。

気楽妻は『サンキュ.』を歌い、メッセージは涙でことばにならなかった。ある友人は『キミはともだち』を歌いながらすすり泣いた。そして、斎藤和義の『ずっと好きだった』を選んだ私は、男性メンバーとともに「僕らのマドンナ〜♬」とシャウトした。

して、マダムが旅立った。

には、ワシントンに行くよ!」お気楽妻の瞳に本気の炎が見えた。

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