最後の1冊を味わう夏『春雷』ロバート・B・パーカー

Spenser's Boston年、夏休みに楽しみにしていることがあった。ロバート・B・パーカーのハードボイルド小説、スペンサーシリーズを旅先のホテルで読むことだ。前年に出版された最新作を購入すると、翌年の夏のために読まずに書棚に収める。そして、夏の旅行はどこにしようかと楽しみながら、訪問すべき地に思いを馳せる。それは、どの街で、あるいはどの島で、どのホテルでスペンサーシリーズを読もうかというワクワク感でもあった。2010年にはシンガポールで37作目『プロフェッショナル』を読み、2011年には香港に38作目『盗まれた貴婦人』を持参した。ゲストルームで、プールサイドで、ビールを片手に味わうスペンサーの物語。ささやかな夏の愉しみ。けれど、残念ながらその楽しみも今年が最後となった。

TajiHotel1973年、ボストンを舞台に活躍する私立探偵、スペンサーが『ゴッドウルフの行方』で登場。以来、年に1冊のペースで刊行されてきたシリーズは、2010年1月、著者ロバート・B・パーカーの死で終焉を迎えることになった。2012年夏、遺作となった39作目『春雷』、そして『スペンサーのボストン』を手にボストンに向った。ボストンは2度目の訪問。初めての訪問だった1999年は、前職の際に関わったプロジェクトで賞をいただき、1週間の休暇と旅行券をいただいての旅。研修旅行という名目だったため、帰国後にお気楽な報告レポートが必要な旅でもあった。旅のテーマは、スペンサーの住む街ボストンを訪ねることだった。

RedSox2回の1999年も、シリーズの登場人物たちがボストンを歩き、物語に登場する場所を案内するボストンのガイドブック『スペンサーのボストン』を携えての旅。スペンサーの探偵事務所がある(はずの)場所で記念撮影をし、スペンサー行きつけのリッツのバーでサミュエルアダムスを飲んだ。そして2012年。原作に登場する通りや橋の名前を確かめながら街を歩いた。タージホテルと名前を変えたリッツカールトンを訪ねた。ボストンの街を見下ろす展望台では、シリーズで重要なシーンを思い浮かべ、あの橋で人質を交換したんだったと頷き、あの辺りでスペンサーが殺されそうになったんだと反芻した。フェンウェイパークでは、スペンサーはレッドソックスが大好きだったなぁとにんまり。

Sixkill終作『春雷』の原題は『Sixkill』。最終作で初めて登場する新しいキャラクター、ゼブロン(“Z”)・シックスキル。スペンサーの相棒ホークの若き日もかくやと思える魅力的な造型。黒人であるホークに対し、ネイティブアメリカンであるZ。スペンサーとのやり取りも、Zを鍛え上げ一人前にしようとする過程も、新たな魅力が加わると同時にこれまでの登場人物に輝きをもたらす。自分の死を予期してはいなかっただろうに、最愛の恋人スーザンとの会話も、2人の過去と現在と未来を象徴するワードが散りばめられる。最終作を読み終えるのが惜しく、淋しい。物語を愉しみ、登場人物たちを愛おしむ。最後の1頁をボストンの街を見下ろすホテルの部屋で読み終えた。

語は終わっていない。スペンサーはスーズと共にこの街に暮し、この街を愛し、タージホテルでビールを飲んでいる。著者の死によって新たな物語は紡がれることはなくなったけれど、“最新作”でスペンサーは死なずに終わった。「やっぱりボストンは良い街だったね」同じくシリーズの愛読者の妻が呟く。いつかまた、スペンサーたちの気配を感じながら、この街を訪ねよう。

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  1. ヴァカンス本2016「村上春樹、ダン・ブラウン、他」 週末更新お気楽夫婦のお気楽生活ブログ IGA “快楽主義”宣言


    [...] リオで日本選手が活躍する夏も後半、ようやくお気楽夫婦のヴァカンス(ホテルに篭り本を読む旅)が始まる。毎年春先から旅先で読みたい本を買い溜め、読むのを我慢し積ん読。通勤車内で読みたい作品は先に読み、旅先に向いていそうな作品を残すのがルール。今年のヴァカンスはちょいと長めだから、多めに持って行こうか。妻との間で検討会が開催される。2人が購入するのは文庫が基本。リノベーションで書棚が大きくなったとは言え、元々が狭いマンション住まい。ハードカバーを買って良しと決めた作家以外は文庫化されるまで待つ。春樹&龍のW村上、ロバート.B.パーカーだけが例外の3人。特にパーカーは新作を旅先に持参するのを毎年楽しみにしていた。だが、残念ながら2012年の夏に持参した『春雷』が、パーカー最後の作品となった。 [...]

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