西方への旅愁「車窓の風景」

SetoOhashi暮れ時、巨大な吊り橋が車窓に現れた。神戸市舞子と淡路島を結び、明石海峡を超えて架かる世界最長の吊り橋、明石海峡大橋だ。この橋を渡ったのは10年以上も前。淡路島の西端、鳴門海峡を臨む鎧崎近くにあるホテルアナガを訪れた。「Cadeau de la Mer(カドー・ド・ラ・メール:海からの贈り物)」という名のフレンチレストランが美味しいと評判のホテル。敷地内で採れたというオリーブが不揃いながら妙に美味しかった。大鳴門橋を眺めながらぼぉっとしていた春の日だったなぁ。などと記憶の函の隅の方にちんまりと収まっていた思い出をぽつぽつと手に取る。ようやく結婚できる状況になったことを祝って、妻と一緒に大阪のリッツカールトンに宿泊した後に訪れたのだった…などとついでに来し方を振り返る。

Biwako路。京都を過ぎてしばらく、新幹線の進行方向左手、遠くに雪を冠った山々が見えて来る。琵琶湖の東に聳える比良山を中心とした連山だ。そう言えば、学生時代に輪行車(組立ができる自転車)で琵琶湖周辺を走ったことがあった。ふいにそんな記憶が蘇る。東京から各駅停車の電車で西に向い、東海道中のいくつかのコースを自転車で走った。貧乏学生だったため、静岡や愛知に実家を持つ友人宅やユースホステルに泊まる旅だった。近江八幡駅で電車を降り、組み立てた自転車に乗って琵琶湖に向ったのだった。そんな風に行程のほとんどを折り畳んだままの自転車を抱えての旅だったけれど、結局九州まで行った。竹原古墳の彩色壁画を観に行ったり、開聞岳に登ったり、志賀島の周辺も自転車で回ったなぁ、などとつい遠い目になる。

Mt.Fuji幹線が静岡を過ぎた頃、空いていた前の席に右側の席から移動して来る人がいる。どうしたのかと気にしている内にウトウトしてしまっていた。カシャッという音で目が覚める。車窓を眺めると青い空に富士山。なるほど。慌ててiPhoneを取り出しシャッターを押す。なんとかいつもの場所での撮影に間に合った。富士川の鉄橋だ。この場所は架線もなく、富士山の麓まできれいに見渡せる絶好の撮影ポイント。シャッターチャンスの時間は短いだけに、巧く撮れた場合は思わず得意満面、ほくそ笑んでしまう。それにしても美しい山だ。堂々と稜線を広げ、白い雲を従え、青空に向って屹立する。眺めているだけで穏やかな、なんだか得をした気分になる。つくづく日本人なのだと自覚する瞬間だ。

れ?出張じゃなかったっけ?」と妻。もちろん。自分の頭の中を整理するには移動中の時間がぴったり。流れる景色を眺めながらビジネスの構想を練っているのだよ。そこに、まれに整理の途中で過去の記憶が紛れ込んだりするだけ。「それにしては読んでいる本は重松とか伊集院が多いけど」西日本出身の作家の作品を読むことで西方への旅愁はいやが上にも増す。岡山出身の重松清、山口出身の伊集院静を読んで車中を楽しんでいる…あれ?なぁんだ。仕事は関係ないかもしれない。こうして西方の街を訪れる度に、そんな時間を味わい楽しむのだった。

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