花を巡る物語『植物図鑑』有川浩・『日々是好日』森下典子

Arikawaき母は草月流の活け花の先生をしていた。私が小学生の頃、週末になると同級生の女の子2人がわが家に生徒としてやって来た。2人ともクラスでトップクラスの可愛い女の子で、勉強もできる人気者だった。これは小学生と言えどもかなり嬉しいことであり、とってもテレることでもあった。そんな初心なお子ちゃまだった。彼女たちに話しかけられると素っ気なくことばを返したり、居留守を使ったりした。今思えば残念なことをしたものだ。そんな環境だったこともあり、花材となる花の名前は知っていた。その上、山歩きが好きな両親は子供たちを連れて歩き、樹に咲く花々や野草の名前を教えてくれた。母は水引草が、父は一人静という花が好きだった。

生時代、数多くのアルバイトを経験した。そのひとつに花屋の週末店長があった。きりしまフラワーというチェーン店の創成期、赤坂や青山に数店舗の時代に土日だけ小さな店を1人で任された。昼食は1坪程の店内で立ちながら食べ、トイレは店の鍵を閉めて駅まで走る。仏花も作ればブーケや花束もアレンジする。バラの棘剥き、水揚げ、水切り。冬場にはちょっと辛い仕事。必然的に花の名前を覚えた。バラの花にいろいろな品種があることも初めて知った。赤色のナポレオン、ピンクのソニア、白にピンクの縁取りのメヌエット。街を歩いても、公園を散策しても、山登りをしても、花の名前を言い当てることができる男として成長した。

Morishitaずれも映画化された『阪急電車』や『図書館戦争』で人気の有川浩。玄冬舍文庫から発売された『植物図鑑』は、そんな私のさらに上を行く男の子と運命的な出会いをする女の子の物語。出会いの設定は少女マンガ的で、う〜む!な感じではあるものの、相変わらず一気に読ませる。物語世界に引き込まれる。主人公2人のキャラクター設定や行動に多少の無理はあるけれど、読んでいて楽しくなる。例えば、季節毎にちょっとした街の外れの河原や造成地に野草を見つけて2人で食べてしまう。ノビル、イタドリ、スベリヒユ、ユキノシタ。その野草料理が実に本格的で、斬新で、実に美味しそうなのだ。ラブコメの体裁を取りながら、野草料理エッセイでもあるのだ。文庫化にあたって追加された後日譚がまた楽しい。

下典子の『日々是好日』の文章は清々しくまっすぐで、読んで気持が良い。著者が30年以上習っている「茶道」を巡るエッセイなのだけれど、お茶を知らなくても、と言うよりは知らないからこそ楽しめる。20歳の頃に初めて触れたお茶の世界に、日々新鮮な歓びを味わう著者。習い始めて何年も経って、改めて自分は何も知らないということを知り、自由な視線を得た感動を素直に表す。季節の一輪の花が持つ意味や、先生が言葉に出さずに教えていたもてなしの心に気付く。この茶花の描写が好ましい。先生の広いとは言えない庭に咲く季節の花。稽古場の床の間に飾られる花々の名前を辿る。鳴子百合、空木、金糸梅、鷺草、そして一人静。宗教めいた教えは一切なく、説教じみた教訓は一切書かれていない。けれど何よりも善く生きることの素晴らしさがみずみずしく書かれている。実に良い作品だ。

く知らないね」一軒家に住んでいた頃は何十種類もの花を育て、花を観るためだけに旅行する両親の元に育った妻。なのに彼女が名前を知っている花は数少ない。アジサイ、サクラ、タンポポ、ひまわり…。幼稚園児並み。「料理や店の名前は完璧だよ」と妻が胸を張る。人それぞれ、得手不得手あり。「と言うか、興味のありなしの問題だね」ごもっとも。そんな妻も楽しめる2冊。おススメです。

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