ビールで、ワインで、料理でFoo〜っ♬『別れる力』伊集院静

Powerが始まる頃、東京駅で1冊の本を手に入れた。伊集院静の『別れる力』。タイトルに惹かれ手に取り、序文をパラパラと読み、買うことに決めた。そこには、こうあった。「別れることは、切なく苦しいことだ。時によっては非情にさえ思える。しかし私たちが生きていく上で、離別は避けてとおれるものではない。…中略…親しい人を失った時、もう歩き出せないほどの悲哀の中にいても、人はいつか歩き出すのである。歩き出した時に、目に見えない力が備わっているのが人間の生というものだ。…後略」ちょうど大切な友人と別れた直後だった。入院した父を見舞い、別れを覚悟し始めた時期だった。出張に出かける新幹線の車内で読み始め、後悔した。涙が止まらない。けれど、最後まで読み終えた。そして、それから時間を掛けて、友との別れに馴染み、父との別れを思い、心の準備をし続けた。そして過日、父が逝った。

Beer de Fooの葬儀を無事に終え、不在の間に滞った仕事を片付け、ようやく日常が戻って来た。そんなある日、「美味しいモノを今すぐどうしても食べたい症候群(別名:IGAシンドローム)」を発症した。妻にメールを送り、そう訴えた。「良いよ。どこに行こうか?」と妻。すぐに決まった。馴染みの店「広東料理 Foo」。お互いに仕事を終え、世田谷線の三軒茶屋駅で待ち合わせ、コトコトと電車に揺られる。松陰神社前の駅で降り、こぢんまりとした商店街の夜道をのんびり歩く。久しぶりのFooだね、何を食べようかなどと話しながら、いろいろな気持がゆっくりと解けていく。店のドアを開けると、ねもきちくんがいつものように笑顔で迎えてくれる。カウンタの向こうで慎ちゃんが軽く会釈してくれる。さっそく生ビールをぐびり。Foo〜っ。

Hiyunaユナっていう珍しい野菜が入っていて、塩卵と皮蛋で…」ねもきちくんがおススメの料理の説明をしてくれる。「それ食べたい!あと穴子の…」妻が元気にオーダーする。いつもの通りだ。良い感じだ。そして慎ちゃんの絶品料理を口にする。んっ、いつも通りに唸るほどに旨い。塩卵と皮蛋のW卵の滋味深さ、豚三枚肉の上品な甘さ、それらがヒユナと炒めスープ煮にされた、蕩けるような一品。赤みがかった刺激的な見た目と、舌に優しい味のギャップが楽しい。「やっぱり慎ちゃんの料理は美味しいねぇ♬」妻の瞳が輝く。忙しかった彼女の仕事が落着いた頃、図ったように、待っていてくれたように父は逝った。春からずっと、月に一度のお見舞いに同行してくれた、ずっと私の傍にいた妻にとっても、きっと美味しい料理と中国茶でFoo〜っ!なのだ。改めて、そんな妻に感謝。

Wine de Foo日は白ワインでいきますか?3杯飲むんだったら順番は…」ねもきちくんの軽やかなレコメンドトークが心地良い。おススメ通りのグラスワインを飲んで、Foo〜っ。すっきり。…人は覚えていることができる。肉体としての父が滅び、この世に存在しなくなった今でも、父は多くの人の記憶の中にいる。父を思い出す度に私の中に父の存在が蘇る、と言うよりは、ずっと存在する。…人は忘れることができる。辛い記憶の角が取れ、丸くなり、とげとげとした先端が弱ってしまった気持に刺さらなくなって来る。あるいは、刺さらないように強くなっていく。再び『別れる力』から引用。「別れが前提で過ごすのが、私たちの“生”なのかもしれない。出逢えば別れは必ずやって来る。それでも出逢ったことが生きてきた証しであるならば、別れることも生きた証しなのだろう」

Facebookの「ノート」に、母が亡くなってから父の逝去まで、これまで書いてきたブログの記事を選び、まとめてみた。母と父がいなくなった故郷について、思いを巡らせ、読み返してみた。自分の文章に涙を流した。せっかくFooですっきりしたのに、涙が戻ってきた。目に見えない力はどうした?まぁ良いか。すっきりしたり、思い出して泣いたり、これからもこうしてグダグダと生きていこう。

*誤解のないように『別れる力』を紹介すると、別れについて書かれた文章は第1章のみ。他の3章は、大人の流儀について言及した、伊集院静流の粗く繊細で清々しい文章だ。人気の「大人の流儀」シリーズ第3弾。おススメ。

2つのコメントがあります。

  1. ミッちゃん


    私も読んでみよ~。

  2. IGA


    ミッちゃん、読んでみて♡

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