ある雨の週末、お気楽夫婦は横浜に出かけた。片手に傘、もう一方の手にはタキシードの入ったスーツカバー。元町中華街の駅で降りて、向ったのはスカッシュ仲間の結婚式会場。新郎新婦がたっぷり時間を掛けて探したという式場は、ファサードには大階段、その両側には大きな円柱が建ち並ぶ豪華な建物。タキシードに着替え受付を済ませ、ウェイティング・ルームに入ると、スカッシュ仲間たちが寛いでいる。というか、何杯目かのシャンパンを手に、寛ぎ過ぎて既に顔は赤く、声は大きい。「IGAさん、おはようございます!僕なんか朝から飲んでるんですよ♬」と、中でも声の大きいコーチの山ちゃん。聞けば、フラワーアレンジメントの先生をやっているスカッシュ仲間が、新婦のブーケを届けるために早めに会場に向うのに付き合ったとのこと。「僕もなんですよぉ〜っ」我がクラブのエースの顔も既に赤い。
「さっき思い出したんですけど、確かこの会場、僕らの時もここだったんです」と、山ちゃんが続ける。おいおい、“確か”じゃ困るだろう。何杯目かの乾杯の後、式場に案内される。チャペルは清楚で厳かな空気。そこにスカッシュ仲間の花婿が登場。やや緊張の面持ち。口元の微笑みも引きつり気味。そして花嫁を伴った父親が入場。わずか数歩、娘と腕を組み歩いた後に新郎に娘を委ねる。新郎新婦が祭壇に向い神父に挨拶する姿を見つめる花嫁の父。いつもじ〜んときてしまう瞬間だ。式が終わり、大階段でブーケトスの儀式に臨む。花嫁の友人たちは遠慮してか中央に歩みでない。「サクラとして出てください」スタッフに依頼され、歩み寄るスカッシュ仲間の奥さまたち3人。おずおずと新婦の友人たちも集まる。そして、目の前に飛んできた“ブツ”に反応してしまい、ブーケをキャッチしたのは、娘が来年大学を卒業するという奥さま。あぁ、アスリートの本能(涙)。
披露宴会場に入ると、出席者1人ひとりに新郎新婦からメッセージが。柔らかで細やかな演出。新郎新婦の人柄が表れる。「あぁ〜あ、ほんとにヤツは結婚しちゃうんだねぇ」ブーケを受け取ってしまった奥さまが少し淋しそうに呟く。彼女は(半ば本気で)新郎と結婚したかったと宣言するほど、新郎がお気に入り。そう、実際良いヤツなのだ。そして、新郎に紹介され何度か一緒に食事をした新婦も。「今日は飲んじゃお〜っと♡」奥さま3人のテーブルはスポーツクラブのロッカールームのように賑やか。主賓の挨拶に続いて、乾杯の挨拶はスカッシュ仲間の1人。よそ行きのメッセージがくすぐったい。「飲んでますかぁ!」隣のテーブルにも関わらず、声が周囲に響く山ちゃんがやって来る。新郎の親友たちと一緒のテーブルで、何とか楽しんでもらおうと、いつも以上のサービス精神を発揮しているらしい。「だって、あいつの披露宴ですから、楽しんで帰ってもらいたいですよね」誰にも愛される新郎。
「ウェディングベル歌いたかったなぁ」冗談半分で言っていた奥さまたちの前に、司会者の女性が現れる。「次ぎは、新郎のご友人代表で3人で『ウェディングベル』を歌っていただけると…」「えぇ〜っ!聞いてないですっ!」「あいつぅ〜!」「でも歌詞が分からない(汗)」すると、「3人分歌詞カードもご用意しています」と司会者。入念に計画されたサプライズのようだ。ぶっつけ本番でマイクを持つ3人。それでも事前に高低のパートを決める当りはさすが。「♬ウエディング・ベェェ〜ル からかわないでよ ウエディング・ベェェル 本気だったのよぉ…」始まってしまった。“新郎”の友人代表が3人の奥さま。そして歌うのはシュガーの『ウェディング・ベル』。シャレはどの世代まで通じるのか。「♬ひと言ぉ言ってもいいかなぁ、くたばっちまえ!ア〜〜メン♬」時間の関係で、3人が1番しか歌えなかった曲は、こんな歌詞で終わる。
「♬おめでとう とても素敵な人ね どうもありがとう 招待状を 私の お祝いの言葉よ くたばっちまえ アーメン♪」…実はとても良い曲で、奥さまたち3人の気持にぴったりで。そして、実に温かく、楽しい結婚式だった。
毎年、10月の連休にその“祭り”は行われる。「自由が丘女神まつり実行委員会」が主催する一大イベント。自由が丘商店街振興組合が中心となり、10月の連休に数十万人の来街者を集める。商店街のイベントと言えば、ガラガラポンの抽選や割引セール、せいぜいが広場でのパフォーマンス大会と出店…というのが相場。けれど、自由が丘のイベントはそんな概念を吹っ飛ばす。自由が丘商店街は、12支部、加盟店1,200店以上の日本最大規模の商店街。その街が2日間に渡って、街を挙げてイベントを行うのだ。自由が丘駅前ロータリーのメインステージでは、分刻みでイベントを実施。各支部の拠点では、ジャズライブあり、フラダンスのパフォーマンスあり、子供向けのジャンボ滑り台あり。自由が丘駅を中心に半径200mほどの決して広くはないエリアに、びっしり“おもちゃ”が詰まっている。
街の小さな路地にはレッドカーペットが敷かれ、お買い得品満載のワゴンが並び、緑道沿いの飲食ブースにはワインやチーズ、焼き鳥、串揚げ…。街の至る所に人が溢れる。そして、スタッフにも街を訪れた人にも笑顔が零れる。“売らんかな”というイベントなら、これほど人は集まらない。商店街がやっているイベントでしょ?とナショナル・チェーンの店がそっぽを向くのではなく、一緒に参加しようと便乗?しているのも、このイベントの特長。どの通りの、どんな店でも祭りを盛り上げる企画がある。迎える街の人たちが楽しみ、訪れる人たちが楽しめる。“おもてなしの心”に溢れたイベントだからこその動員数。晴れて良かったねと、今年イベント事業部長に就任したバーのマスターに声を掛ける。「良かったです。心配で眠れなかったです。最終ステージが終わったら、俺、もう泣きそうです…」そんなことばが返って来る。
そんな街に「自由が丘森林化計画」という大袈裟な名前のプロジェクトがある。街に緑を増やそう、で止まらず、Google Earthで上空から自由が丘の街を眺めたら、森に見えるぐらいに!というネーミング。加えて、商店街でミツバチを飼い、集めた蜂蜜で自由が丘オリジナルのスイーツにする。緑が増えればミツバチの集める蜜も増えるというプロジェクトの象徴だ。さらに、ペットボトルの資源回収という日常的なエコ活動でエコポイントを発行し、集めたポイントを緑化に寄付してもらおうというシステムも導入。そして、今年は新たに東京コカコーラ・ボトリングと連携して、屋上緑化自動販売機を導入した。オフィシャル・サポーター企業として、自由が丘オリジナルデザインの自動販売機を導入。販売機の上は人工芝と苔で緑化。そして売上の一部を緑化基金に寄付、商店街は自販機の設置に協力、というビジネスモデルだ。
昨年からこのプロジェクトをサポートし、今年のコカコーラとのコラボ企画提案も私の仕業。とは言え、主人公は商店街。契約直前で商店街の若手メンバーに引き継いだ。「面白いですねぇ!女神まつりでイベントできませんかね?」「コカコーラさんと一緒に広報発表をやって…」「オリジナルの曲を作って、女神まつりで発表を…」そんなアイディアが、彼らのフットワークの軽さと溢れる情熱で、全て実現した。イベント仕立てにした広報発表には多くの報道関係者が集まり、TVや新聞に取り上げられた。ファイナルファンタジーなどのゲーム音楽を手がける植松伸夫さんの『僕の街が森になるまで』という楽曲が完成した。こいつら、凄いね。自分たちも楽しみ、街を“楽しみ”で溢れさせ、街を訪れる人たちに楽しんでもらいたい。そんなエネルギーと、街を愛する気持と、“おもてなし”の心がこの街の魅力。
「やっぱり自由が丘は良いなぁ♬」スカッシュ仲間の秘書嬢と待ち合わせて、女神まつりで人が溢れる自由が丘の街を歩く。そんな彼女の呟きが嬉しい。声に出さずにお礼を言う。この街の魅力に惹かれ、この街を愛する人たちに惚れ、この街に関わってきた私にとって、冥利に尽きる瞬間だ。