景山さんを連れて「ウー・マイナー」

P1_11その駅に降り立つと、ふと思うことがある。もう新しい作品が読めないんだなぁ、と。つくづく残念。ただ、その長躯で飄々とした雰囲気のまま、通りの角からすっと現れそうな“存在感”が、この街にまだ残っている気がする。直接お会いしたことはない。しかし、TVの画像からはみ出しそうな、彼の文庫の紹介文にある「長身にして多才な人」を絵に描いたような、その姿が今でも目に浮かぶ。純粋で、照れ屋で、優しく、正義感溢れるエネルギッシュな人。景山民夫さん、1998年没。享年50歳。

台風が秋雨前線を刺激し、日中一杯続いた暴風雨が止まないまま、成城の街も夜になった。新しくできた駅ビルは、まだこのお屋敷町の街並に似合わない。強風のためか、雨が吹き込むコンコース。傘をささなければいけない吹き抜けのエスカレータ。ちょっと苦笑い。その街に住むスカッシュ仲間の友人と、開店したての駅ビルの中華レストランで一緒に食事をし、家に帰ろう店を出ると、タクシー待ちの長蛇の列。「もうちょっと飲んで行く?」と彼女。「あの店?」望むところだ。

この街には、規模の割には飲食店が少ない。それも夜遅くまで営業している店は皆無に等しい。そんな街の中で、ワイン・バー「ウー・マイナー」は貴重な店だ。ただし、この店は、いつ行っても「CLOSED」の札が掛かっている。“一見さんお断り”と、やんわり(はっきり?)主張している、ある意味では嫌な店。その日も「やってるかなぁ。マスターわがままだから、この雨じゃやってないかもねぇ…」と友人が心配しながら店内を覗く。「あ、やってる!こんばんは~」とドアを開ける。先客は常連の女性一人。カウンタだけの小さな店は、我々3人が加われば、もうほぼ満員状態。居心地の良い隠れ家。

マスターは、彼女の結婚20周年記念ホームパーティでも(もちろんこの店でも)お会いした地元の酒屋さん。客と話し込み、友人のように(友人なのだけど)客に接する。その夜も、話題は娘の話、パリに出張中の友人(夫)の話、そしてこの店の常連だったという景山さんの話。「大ファンだったんですよ」「ウチの店も何度か作品の中に出てきたらしいよ。何ていう本だったか忘れちゃったけど」「ほとんど持ってるよね、彼の本」「彼はいつもその席に座ってたんだよね」マスターが私の隣の空いているスツールを指す。ガタッガタとドアが鳴り、カウベルの音。「あれ?彼来たんじゃない」「民ちゃん、たまに店に来るよ」「えぇっ!会いたい!ちょっと誤解された最期は残念なんですよねぇ」…景山さんのエピソードをいくつも聞きながら、嵐の夜が更けて行く。「そろそろ帰るね。景山さん、連れて帰って良い?」ガタッガタ。ドアが鳴る。一緒に帰って、もう少し語りましょうか…。

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