さらばスペンサー「ロバート・B・パーカー逝去」

初めての1冊「儀式」バート・B・パーカー著『儀式』を手に入れたのは1984年だった。あるパーティの席で、出版社に勤務する友人から「今これが一番おもしろい!」と言われ、酔っぱらっていた彼の読みかけを無理やりプレゼントされた1冊だった。(その私にとって最初の1冊を読み出すまでには、なぜか数年かかった)ボストンを舞台にしたスペンサーという私立探偵が主人公のハードボイルド小説。そのシリーズ9作目。デビュー作でもあるシリーズ第1作『ゴッドウルフの行方』が日本で発売されたのが1976年、それから30年以上シリーズは続いた。そしてシリーズ第37作『プロフェッショナル』でシリーズは終わった。主人公スペンサーの死などという作者の意思によってではなく、作者ロバート・B・パーカーの死によって。

追悼記事式』の冒頭に「ジョウンに捧げる 太陽は、現実に彼女のために昇りかつ沈む−−−あるいは、彼女の意に従って」という献辞がある。ジョウンとは追悼記事にあるように、53年間連れ添った妻。ハードボイルドの巨匠である以上に、愛妻家でもあったパーカーはスペンサー シリーズに1人の女性を登場させている。スペンサーの恋人であり、心理学者であり、カウンセラーでもあるスーザンだ。スーザンとスペンサーの関係は、パーカーとジョウンの関係になぞらえる研究者や読者がいるけれど、それは無粋というもの。シリーズの中でのスペンサーとスーズは、お気楽夫婦の憧れの関係だ。結婚という形態をとっていない彼らは、愛し合う恋人同士であり、母と子であり、父と娘であり、友人であり、同志であり、互いに唯一無二の関係だ。

スペンサーのボストン1999年の夏、お気楽夫婦はボストンに数日間滞在した。バッグの中には『スペンサーのボストン』という1冊の本。ページを開くとボストンの地図。ボストンの春夏秋冬の美しい写真。そして、スペンサー シリーズから抜粋された短い文章が引用されている。例えば、こんな一節だ。「チャールズ川沿いにメモリアル・ドライヴを下って行き、マサチュセッツ・アヴェニュ橋を渡った。橋からのボストンの景色はいつ見てもすばらしい。明かりがつき、星空を背景に浮かび上がっている建物の線、海に向かって優雅にカーヴを描いている川筋がくっきりと見える夜はとくに美しい。−−−ゴッドウルフの行方」そんな文章を読み直しながら、やはり愛読者である妻と一緒に、夏の日射しに溢れるボストンの街を歩いた。小説の主人公であるに過ぎないスペンサーの、スーザンの、そして相棒のホークの気配が濃厚に感じられる街だった。

パーカーの全てバート・B・パーカーはスペンサー シリーズ以外にもいくつかのシリーズを並行して書いていた。ニュー・イングランドの小さな町、パラダイスの警察署長であるジェッシイ・ストーンが主人公のシリーズ、そして元警官で女性探偵であるサニー・ランドルが主人公のシリーズだ。パーカーの描く、どこか屈折した、それでも愛すべき人物たちが活躍する物語のいずれもが、お気楽夫婦にとっては待ち遠しいSTORYだった。そして、パーカーの(当時の)全著作を解説し、それらの物語の中に登場する、料理、音楽、登場人物たちの関係をまとめたのが『ロバート・B・パーカー読本』だ。お気楽夫婦の本棚には、これらの関連本『スペンサーの料理』などを含め、早川書房の全著作67作が並んでいる。

最新刊ペンサー シリーズの最新作であり、最後の作品『プロフェッショナル』は、まだページを開いていない。シリーズの最新作を発売と同時に購入し、翌年の春か夏のヴァカンスまで読まずに大切にとっておき、南の島やどこかの街のホテルのプールサイドで、慈しむように読むというのがお気楽夫婦の愉しみだった。その愉しみも今年の夏が最後になってしまう。全作品が傑作ばかりではなかったけれど、偉大なるマンネリでもあったけれど、スペンサーの台詞が、私立探偵としてのアナクロ的なスタイルが、そして何よりも愛するスーズとの距離感が好きだった。今年の夏、例年以上に大切に読まなければいけない1冊になった『プロフェッショナル』を読むのは、いったいどこのホテルになるんだろう。

れでも思うのだ。亡くなったパーカーには申し訳ないけれど、彼の死によってスペンサーは死なずに済んだ。スーザンと別れることもなく、物語は終わらない。ボストンの街を訪ねれば、スペンサーがいて、スーザンがいて、ホークがいる。物語は続いている。*その後『盗まれた貴婦人』『春雷』が刊行された。

■IGAの本棚へ 『スペンサーのボストン

1つのコメントがあります。

  1. 本との出会い、人との出会い「みをつくし料理帖」他 週末更新お気楽夫婦のお気楽生活ブログ IGA “快楽主義”宣言


    [...] 本屋で偶然手にとって読んだ作品から、すっかりハマった作家もいる。ヘタウマな表紙イラスト、とぼけたタイトル、変わったペンネーム。小川糸の最初の1冊『食堂かたつむり』は、ジャケ買いだった。かつてご近所に住んでいたことも知り、すっかりお気に入りの作家になり、文庫化された作品は全て読破。偶然の良い出会いだった。友人に勧めらて読み始めたのはロバート・B・パーカー。スペンサーシリーズ第9作『儀式』を1984年に贈ってくれたのは、今は某大手出版社の役員、アテネ・フランセ時代のクラスメイトだった。すぐにファンになり、全作品を読んだばかりか、1999年には小説の舞台になったボストンを夫婦揃って訪ねたほど。パーカーが亡くなり、2012年に刊行された最後の作品まで、ヴァカンスに持参して新作を読むのが楽しみだった。 [...]

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