“おいしい”の原点「紅屋」鶴岡市

tsukidashiikura覚とは、甘味、酸味、苦味、塩味の四味に加えて、“旨味”の五味を感じること。人の味覚は元々持っているものではなく、作られるものだという。だとすると、子供の頃に食べて、慣れ親しんだ味が原点となる。母が作った料理の味、地元の食材で作った郷土料理の味。それが、おいしいの原点。ある週末、私の生まれた庄内(山形県)に出かけた。庄内地方は、古くから米所として知られてきたばかりではなく、最近では地産地消レストランとして名を馳せる「アル・ケッチァーノ」で使われる食材をはじめとして、地元特産の食材も知られるようになった“美味しの国”だ。白山のだだ茶豆、温海の赤かぶなどは、今や全国区の有名な食材。加えて、民田なす、赤ネギ、月山筍、庄内柿などの(地元ではフツーに食卓に出ていたけれど)全国的には珍しい食材が話題になることがある。

maitakehatahata元の食材を味わうために、お気楽夫婦が向ったのは、前から気になっていた「紅屋」という日本料理の店。長く地元の市役所に勤めていた長弟に言わせると、役所幹部が利用する接待の店。紅屋で食事をすると伝えると「それはまたご立派なことで」と返信してきた。そんな店らしい。末弟を伴い、3人で赤い暖簾をくぐる。落着いた雰囲気の店内。けれど、初めての客を圧するような空気はない。畳敷きの個室にテーブルが据えられる和モダンの佇まい。お酒以外のメニューはない。店のサイトによると「お客さまごとに献立を考えさせていただく」のだそうだ。人によって食べる量も、好き嫌いもあるからと続くメッセージには納得。3人とも小食で、好き嫌いは特になく、酒を飲むのは私だけと伝え、いくつかの食材をチョイス。

matsutakeyaki-matsutake茶とビールで乾杯。突き出しのシメジの胡麻和えに続いて出てきたのは、イクラの醤油漬け。新鮮なイクラに軽めの味付け。鮮やかなオレンジ色の輝きは神々しいほど。その何粒かを口にするだけで、イクラ本来の旨味がじんわりと舌の上に広がる。あぁ、この味だ。子供の頃、母が作ってくれた味。「すっごい美味しいねぇ♬」妻が唸る。そうでしょうとも。続いて天然の舞茸。栽培できるようになり、全国に流通し始めたのは何年ぐらい前だろうか。キノコ取りに行って発見すると、余りの嬉しさに舞ってしまう…というのが名前の由来だと幼い頃に父に聞いた。そんなことを思い出しながら、かりっと揚がった天ぷらを齧る。う〜ん、これは良い香りだ。舞茸の香りや味はこんな鮮烈なものだったのか。踊り出したい気分を抑えて、これは日本酒でしょう♡と地酒をお願いする。きりっと辛口の冷酒に良く合う。実に旨い。

kurigohanBeniyaこに見事な大きさのハタハタの焼物が登場。1尾は素焼き、もう1尾は庄内地方独特の田楽で。くぅ〜っ旨い。脂が乗った身の美味しいこと。「ハタハタって、こんなに美味しい魚だったんだねぇ」妻が絶賛。確かに、これは絶品。「卵も美味しいね、初めて食べたかも」ぷちぷちの小さな卵(ぶりこ)は、とろとろの糸を引く独特の食感。ん、んまい。けれど、子供の頃には毎日のように食卓に出てくるハタハタにうんざりしたものだった。それは今思えばゼータクなことだと思うが、子供の頃はがっつりと“肉”が食べたかったのだ。それにしても、これらは全て懐かしい味。子供の頃に、意識せずに刷り込まれた“おいしい”の原点。大人になって改めてその味を再確認する。そして妻が発する美味しいというコメントに嬉しくなる。笑みが零れる。これが、ウチの故郷の味だよと(ことばに出さずに)胸を張る。

して、地の松茸。残念ながら故郷で松茸を食べた記憶はない。今年は豊作でお得な値段だろうと踏んで思わずオーダー。ふわぁっと上品な香りが鼻孔を抜ける。美味しい。けれど、これは味の原点ならぬ、追加点。新たに刻む美味しさ。さらに、シメには栗ごはんとキノコ汁。派手なアピールをするでもない、けれどしっかり旨味を持った、実に朴訥とした田舎の秋の味。病床の父を見舞い、自分の“おいしい”の原点を改めて味わうことのできた秋の旅だった。

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