
桃源郷(シャングリ・ラ)という名前のホテルがある。香港に本拠地を置くシャングリ・ラ ホテル&リゾーツという高級ホテルチェーン。やはり香港からスタートしたペニンシュラ、マンダリン・オリエンタルと並ぶアジア系ラグジュアリー ホテル グループの雄。その桃源郷ホテルの日本最初の拠点が、東京丸の内に2010年3月に開業したシャングリ・ラ ホテル 東京。すでにマンダリン・オリエンタル ホテル東京が2005年12月に、ザ・ペニンシュラ ホテル東京が2007年9月に開業しており、これで香港御三家?が全て東京に揃ったことになる。ラグジュアリーホテル好きのお気楽妻は、虎視眈々と未踏峰のホテル宿泊のチャンスを狙っていた。

ある週末、お気楽な2人は桃源郷ホテルにいた。宿泊を思い立ったきっかけは東日本震災で稼働率が落ちたホテルの支援。特に海外からのビジネス客を狙ったラグジュアリーホテルの稼働率は下がり、中国本土や東南アジアを中心に展開するシャングリ・ラは、中国人をはじめとした海外からの宿泊客が落ち込み、震災後の数週間ほど休業していた。香港好きのお気楽妻はそんな状況を憂い、シャングリ・ラ営業再開のニュースを聞くとさっそく予約したという訳だ。…というのは表向きの理由。真相はこうだ。恒例の2月のバースデー宿泊の際に、ザ・キャピトルホテル東急とシャングリ・ラ ホテル 東京とで迷った結果、シャングリ・ラに宿泊しなかったことが心残りだった事と、予約した翌日のスカッシュレッスンが休講だったこと。なるほど、シンプル。

東京駅でビールとおつまみを買込み、気分はすっかりヴァカンスなお気楽夫婦。日本橋口の改札を出て、歩いて数分の距離にある桃源郷に向った。1階にはチャイナドレスのドアスタッフがスタンバイ。気分はもう香港だ。スワロフスキーのシャンデリアがエレベータ内を優雅に照らす。28階のロビーラウンジに立ち寄り、エレベータを乗り換えホライズンクラブまで案内される。クラブラウンジのソファに座り、ウェルカム・ドリンクをいただきながらチェックイン。こぢんまりとした居心地の良いラウンジだ。「IGA様、明日のチェックアウトのご希望時間は何時でしょうか」レイトチェックアウトを希望すると、多少の差額を支払いアップグレードすれば夕方まで使用できるという。それではと、部屋を比較した上で、アップグレード。角部屋のビューバス付のプレミアルームは広々として気分爽快。
ジムで軽く汗を流し、クラブラウンジでシャンパンをいただく。そして、当日の夕食を共にする友人たちを招き、彼らが手土産だと持ち込んだスプマンテで乾杯!残念ながら東京スカイツリーを眺められるはずの風景は、あいにくの雨で望めない。それでも2面の大きな窓のある部屋は、3人のゲストを招いても圧迫感がない。「さっすがゴーカだねぇ♪」「ゼータクな部屋ですねぇ」「なるほど、この窓は二重ガラスなんですね」それぞれのキャラごとに、それぞれの感想が楽しい。せっかくのラグジュアリーホテル滞在だからこそ、友人たちと過ごす。ジムに通い、クラブラウンジで食事をし、友人を招いて一緒に食事をする。それがお気楽夫婦の滞在パターン。まるで自分たちのセカンドハウスにお招きした気分。そんなホテルの使い方を続けている。いわば都心のホテル群が2人の別荘。毎回違うロケーションで自分たちも楽しみ、友人たちと楽しむ。別荘のように維持費はかからず、掃除も要らず、クラブラウンジには「お帰りなさいませ、IGA様」と迎えてくれる執事たちもいる。まさに桃源郷。
「たっぷり眠ったし、のんびりできたぁ~」朝のクラブラウンジで大好物のエッグ・ベネディクトを食べながら妻がつぶやく。「私もこちらが一番大好きです。サイコーにホテルらしい朝食メニューですよね」顔見知りになったクラブラウンジのスタッフから声を掛けられる。妻も思わず微笑み返し。このホテルのスタッフのフレンドリーで柔軟な対応はお気楽夫婦好み。「香港のシャングリ・ラにも、また宿泊してみようか」妻の評価も上がったらしい。
■お気に入りホテルカタログ 「シャングリ・ラ ホテル東京」
ある週末、友人たちと共に山形に向った。東京駅から新幹線には乗らず、タクシーに乗って数分。場所は銀座。「おいしい山形プラザ」という山形県のアンテナショップ。そこには山形県産のさくらんぼ、ラフランスなどの農産物、トチモチなどの素朴で懐かしいお菓子がある。ここまでは一般的なアンテナショップ。ちょっとだけ違うのは、ショップの2階に山形県の旬の食材を使って料理するレストラン「ヤマガタ サンダンデロ」があること。この店は、山形県鶴岡市にある人気のスローフードレストラン「アル・ケッチァーノ」の奥田シェフがプロデュースする店。ヤマガタ サンダンデロという店名は、ことばの響きはイタリアン。料理もイタリアンがベース。けれども「山形産なんだって?」という意味の庄内弁。ちなみに、「アル・ケッチァーノ」も「あるんだってねぇ」という庄内弁。
5人のスカッシュ仲間が選んだメニューは、「Atta Mennna アッタ メンナ(温めるものという庄内弁?)」という1人4,400円の取り分けセット。わらさのカルパッチョから始まり、月山筍のフリット、甘エビのリゾット、2種類のパスタ、庄内豚のステーキなど少量で取り分けて食べる料理がたっぷり。かなりお得なコース。「これ美味しいぃ〜♡」悲鳴に近い声を上げるスカッシュ仲間。松葉や香草と一緒にからっと揚げた月山筍が気に入った模様。そんな料理を味わい、飲むのは月山ワイン。月山というのは山形県の中央に聳え、日本百名山にも数えられる秀麗な山稜を持つ山。山岳信仰で有名な出羽三山のひとつ。昭和40年代に、その麓で収穫される山ブドウでワインを造ることから始まったのが月山ワイン。白のボトルが2本空になり、赤もあっという間に蒸発。いずれもシンプルで美味しいワインだ。
「ねぇっねぇっ!ホントにすっごいどれも美味しいねぇ♬」とパン教室の先生のテンションが上がり、「食材が良いですよね」と新進気鋭の建築家が頷き、「この揚げた葉っぱが全部タケノコだったら良いのにねぇ」と元CAのマダムが微笑む。お気楽妻も気が置けない仲間たちとの会話に笑顔が絶えない。5人の仲間はスカッシュコートで知り合い、酒の場で親しくなり、Facebookで盛り上がった。リアルな世界で語る時間に加え、ネット上でコメントし合い、ことばで語るより時には密になる互いの情報を共有する内に急速に親しくなったメンバー。「なんだか皆のこと、ますます好きになっちゃったぁ♡」酔っぱらったパンの先生、今度は乙女モードが入ったらしい。
料理は何を食べるかだけではなく、誰と食べるかによって味は変わる。同じ料理を同じように食べても、誰と食べるかによって味は大きく違う。どんなに素晴らしい料理でも、気詰まりのまま会話を探し食べたとしたら、その味はどうだろうか。一緒に食事をする仲間たちとの会話は最高のソースであり、最高のスパイス。ましてや旬の食材を活かし、その食材を絶妙に組み合わせる料理、そして時には周囲が(たぶん)煩く思ったのではないかという笑い声を許してもらえるお店であれば、まずい料理があるはずはない。その日も海鮮塩味系のパスタに粉チーズをと店のスタッフにお願いした仲間が嗜められ、気まずい思いをする前に笑い話になり、食事の場の空気が一段と柔らかくなった。
「昨夜は楽しかったね♡残業疲れの身体がすっかり解れたよ♬」「ところで、あのタケノコ何て名前だっけ?」「風邪を引きずっていたのに、元気になりました。昨日はすっかりリラックスしてしまいました」さっそくFacebookの書き込みが溢れる。食事会開催前にFacebookの会話で楽しみ、食事を楽しみ、終わった後にもうひと盛り上がり。3度美味しいお得な仲間たち。オトナになって知り合った、価値観が近い仲間たちは、気兼ねのない友人でもある。「これさぁ」記事を読みながら妻が呟く。「誰と食べるかじゃなく、君たちの場合は誰と飲むかっていうのが正しいんじゃない」そう続けた妻の視点は、相変わらずクールだ。