なんてったってアイドル『高き彼物』加藤健一事務所
2009年 12 月05日(土)
マキノ・ノゾミという劇作家、演出家がいる。劇団M.O.Pを率いて、初期の頃は『熱海殺人事件』『寝取られ宗介』などの、つかこうへい作品を上演。その後、オリジナルの脚本を多く上演し、読売文学賞を受賞した『東京原子核クラブ』などの名作を生んでいる。お気楽夫婦が初めて彼の作品に出会ったのは2003年。俳優座プロデュース公演『高き彼物』だった。自転車キンクリートのファンとして、演出の鈴木裕美、出演の歌川椎子に惹かれて観に行った俳優座劇場。そして、がつんと打ちのめされた。素晴らしい脚本に惚れてしまった。数多くの舞台を観ているが、その中でも間違いなくベスト3入り。私にとって記憶に残る作品となった。そしてその後、マキノ作品を追いかけるように観続けた。
加藤健一事務所の30周年記念vol.73の公演が『高き彼物』という情報。1987年のvol.7公演『ザ・シェルター』からずっと観続けている加藤健一とマキノの組合せ。その上、共演にあの、小泉今日子!KYON2!なんてったってアイドルである。世代的にはカラオケ三昧の日々の、同行女子たちのレパートリー。『キスを止めないで』『木枯らしに抱かれて』などなど。オチャメだった頃の記憶が蘇る(遠い目)。ということで、すかさずチケットをゲット。マキノ・ノゾミは妻と同郷、浜松出身。静岡県川根町という小さな田舎町を舞台にした物語は、実にいきいきとした遠州弁で演じられる。そんな名作の再演、そして生KYON2、それに遠州弁のKYON2。否が応でも期待は高まる。
そして、舞台は期待以上の出来映え。加藤健一もカトケンと呼ばれる、ある意味では中年のアイドル。いつも、どんな舞台よりも圧倒的に年齢層の高い客席。そのカトケンとKYON2の、そして脇を固める滝田裕介らのキャスティングがぴったり。舞台を観ているのに、昭和53年の静岡の田舎町で一緒に夏の1日を過ごしたような、自然に舞台の世界に入り込み、感情移入しまくった2時間余りを過ごした。やはり良い芝居だ。良い脚本だ。あざとく泣かせようとする物語ではなく、あるいは崇高な魂の物語に偏りそうになるところを遠州弁が柔らかく救ってくれる。17歳だった自分を思い出し、夏休みの1日を思い出す。そしてKYON2は、良い役者だ。ある意味でアイドルのまま、実に良い年齢の重ね方をしていた。
もう1軒行こうか。「少し街を歩かない?」お互いにどちらが先に言ったのか。芝居の後、いつものようにAサインバーで飲み、店を出たところでお気楽夫婦がどちらともなく言ったことば。そして向かったのはトロワシャンブル。フランス語で「3つの部屋」という意味の、同じ名前のカフェとバーが2軒並ぶ、老舗の風格漂う名店。(もう1軒はご近所にある)「この店は昔良く来たよね」そう言えば、このタバコの煙に燻されたような店に来るのは久しぶりだ。「この店は変わらないね」背表紙の剥げ掛った別冊太陽を手に取りながら、のんびりとコーヒーを啜る妻。変わらないもの、変わっていくもの、気付かず変わってしまったもの。良い芝居を観た後は、こんな店が相応しい。シモキタの街が相応しい。
なんてったってアイドル。書きかけの記事を妻が一瞥。「ここで、私にとって妻が…なんて書かないでね」ぎくっ。