痛勤か、自宅勤務か「アキレス最後の戦い」
2011年 6 月20日(月)
ギリシア神話におけるアキレウス(Achilleus)は、トロイア戦争で活躍した不死身の戦士。誕生の際に冥府の川に浸けられて、全身が不死となった。しかし、母ティティスがアキレウスの両足のかかとを持ち川に浸けたため、その部分だけが水に浸からず不死とならなかった。そして最期は弱点のかかとを弓で射られ命を落とす。そのエピソードから名が付いたのが、飛んだり走ったりする際に重要な機能を果たす人体で最大の腱である、アキレス腱。連日の深夜残業をものともせず、魔女か不死身かと思っていた妻もアキレス腱は弱点だった。その妻の会社は、東日本大震災で新年度の新体制のスタートが遅れていた。例年の6月なら休んでいたかもしれない。けれど、新年度スタートにあたる今年の6月は、全く出社しない訳にはいかないタイミングだった。
退院の翌日、妻は会社に行くと主張した。お気楽夫婦の自宅は駅から歩いて2分。とは言え慣れない松葉杖で歩くには永遠とも思える距離。駅にはエレベータもなく、階段を下り、改札を通り、階段を上ってようやくホーム。ましてや混雑する電車には乗れそうもない。選択肢はタクシーしかない。同乗して会社に向った。会社に到着すると上司や部下が揃ってお出迎え。事前のメールのやり取りで「レッドカーペット敷いて待ってます!」「分かった♬ドレスで会社に行くよ!」などというやり取りがあった。会社にはバリアはなさそうだ。一安心。夕刻、帰路もお迎え。妻の会社からエレベータなどが整備され乗換の必要がない途中駅までタクシーに乗る。そして最短距離でホームに向える場所で降り、空いている各駅停車の電車を待つ。
松葉杖は最強のアイコン。怪我してます!という主張が判りやすく、ギプスを巻いた脚も目立つから席を譲ってもらえる可能性は高い。けれど、混んでいる電車では他人の陰になってしまうことがある。そこで同伴の私が主張する。空いた席を見つけて「あぁ、ここに座らせてもらおう!」と不自然ではない程度に大きな声を出す。すると、その声に視線が集まり最強のアイコンが威力を発揮する。次は、シルバーシートに座った妻の脚を、前に立ちながら両足でガード。そうとは知らずに他の乗降客の足がぶつかったら再断裂のリスクがある。そして、降りる際には乗降口まで健常者の倍程度のスペースが必要。混んでいる車内では降りるにも神経を使う。そして階段。雨。6月の通勤はかなりハード。家に2人帰り着くと「ふぅ〜っ!」と安堵の溜息を付く。
もちろんわが家に帰った安心感もある。そしてそれ以上に安心する理由は、最強の便利ツールがあるから。キャスター付きのスツール。家の中でも松葉杖で移動していたため、腕と脇の下が痛いと泣いていた妻が通販で購入した優れモノ。これが、実にらくちん。床面がフラットな自宅内を座って移動することができる。座る際に座面に手を置いてもずれ動かないから危険性が少ない。フローリングの床材が傷だらけになるのは、この際目をつぶろう。日頃から家事は私の分担割合が多く、妻の分までほぼ全ての家事を担当することは問題ない。エコバックを手に買物することも気にならない。ビニール袋を被せ、水が入らないようにしながら浴びるシャワーをサポートすることも苦にならない。けれど、ちょっとした移動に困っていた妻を何とかしたかった。そして、アキレスは新たな脚を手に入れた。
「つ〜〜っと♬」お気楽妻が楽しそうに室内を移動する。早朝から自宅で仕事をしていても、夜遅くまでパソコンに向っていても「快適だぁ〜っ♡」という環境らしい。リビングでBGMを聴きながらの仕事。「コーヒー飲みたいなぁ」と言えばコーヒーが淹れられ、「お腹空いたねぇ」と言えば食事が供される。それはそれは快適な自宅勤務でしょうとも。けれど、妻の気配を感じながら、LED ZEPPELINが流れる小さな書斎で、仕事をするのも悪くない。John Bonhamのドラムス、Robert Plant のヴォーカル。♪あぁ〜あぁ、あぁ〜あぁ♬あぁ〜あぁ、あぁ〜あぁ♬Achilles Last Stand ♫それが妻の介護のテーマ曲。