季節外れ?「ミカンとチェリーと送迎と」

Hamamatsu Mikanい日が続いたある日、季節外れのミカンが届いた。妻の両親からのお中元。夏の季節に相応しくない冬を象徴する鮮やかなオレンジ色が、ダイニングテーブルの上に鎮座している。冬のフルーツ、お歳暮に届くものというミカンに対する固定観念があった私にとっては不思議な光景。妻の故郷である静岡県のハウスミカン。ハウス栽培だから出荷の時期は4月から9月頃。決して季節外れではないのだという。ハウスミカンは皮が薄く、剥き易く、酸味が少なく、すこぶる甘い。冷蔵庫できりっと冷やし、甘く冷たいミカンを風呂上がりに頬張る。身体の中を甘さと冷たさが通っていく快感。ストレートに美味い。皮が剥きにくく酸味が強い冬のミカンよりも私の好み。果物に対する私の嗜好は、お子ちゃま。

Yamagata Cherryた別の日、山形の父からサクランボが届いた。山形出身だというと「サクランボが有名だよね」というコメントを返されることが多い。確かに社会科の教科書的には正解。けれど、これまた多くの人にとっての固定観念。山形県と言っても庄内地方という日本海側にあるエリアで生まれた私にとっては、サクランボは遠来のフルーツ。故郷に住んでいた子供の頃、決して身近なものではなかった。父にとっても同様。高速道路の無料化実験が終了する前に、遠出をしてみようと兄妹を伴って出掛けたとのこと。「念のために言っておくが、決して高級なサクランボではないぞ」とのコメント付き。決して裕福ではないけれど、武士は食わねど高楊枝の例えを地でいくような親父。初々しく赤い小さな実を頬張る。粒も色合いも不揃いながら、充分瑞々しく、甘く美味しい。心配ないよ親父、と2人で笑いながら季節の味をいただく。

ころで、ミカンもサクランボも、実は妻への見舞いの品ではない。義父母から届いたミカンは、娘の好物と知ってのギフト。父から届いたサクランボは、あることで怒り心頭だった私に対する父なりの気遣い。どちらにも心配を掛けないようにと怪我のことを伝えていなかったけれど、タイミングとしては妻がアキレス腱を切った直後だっただけに、妻へのお見舞いの品と思っていただいた。ひとつは季節外れと誤解したけれど、今が旬の(ハウスものは旬と言わないだろうけれど)甘〜い果物は、お見舞いの品としてはぴったり。どちらも親からの愛情の分だけ美味しく、ありがたくいただいた。

節外れと言えば、以前勤めた会社でそんな思いを感じている。週5日の内、3〜4日は会社に行くと言い張る妻を送迎する日々。出勤の朝、妻が今も勤め以前私が勤めた会社に同伴出社。混雑する時間を避けて電車に乗り、途中駅からタクシーというパターンが定着している。ところが社員の出社時間がばらばらの会社。社屋の前でタクシーを降り妻を見送り、最寄り駅に向う途中で以前の同僚や部下たちと遭遇することになる。あれ?と一瞬不思議そうな顔をする後輩、声を掛けてくるかつての同僚や部下、気が付いてか付かずにか黙ってすれ違う顔見知りの社員たち。その会社を辞めて6年余り。社屋は移転し、私にとって思い入れはないぴかぴかのビルに通う社員たちの顔ぶれも多くは変わったけれど、懐かしい顔も残っている。Facebookで最近の消息を知ったかつての同僚たちとも、久しぶりに顔を合わせると不思議な気持。自分にとって通り過ぎた季節を再び感じるような、くすぐったい気持。そんな気持を味わいながら、送迎はしばらく続くことになる。

跡も順調に消えてるけど、あと4週間は松葉杖かなぁ」だとすると、その間は一緒に付いて行く必要がある。左脚の再断裂や右足のアキレス腱断裂のリスクは残っている。慌てず、焦らず、細心の注意を払い、妻が早くスカッシュに復帰できるように。「来週のお芝居も行くよ!」バリアの多い世の中だけど、バリアのある場所に自ら行こうとする妻との、文字通りの二人三脚の生活は盛夏に向う。

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