1969年アポロ11号が月面に着陸。翌1970年、大阪万博が開催。よど号ハイジャック事件が起き、ビートルズは解散した。その頃、田舎の素朴な少年だった私は、人類の明るい未来をまだ信じていた。その年のヒット曲は皆川おさむ『黒ネコのタンゴ』や藤圭子(宇多田ヒカルのお母さん)の『圭子の夢は夜ひらく』。山口百恵や郷ひろみもデビューする直前、アイドル時代の黎明期。そんな頃、私が毎週欠かさず視ていたTV番組があった。当時アジア最大(というのが既に表現として相当古い)を誇るNHK放送センター101スタジオで収録されていた『ステージ101』という音楽番組。番組のためにオーディションが行われ、ヤング101というグループが結成された。アメリカンポップス、番組オリジナル曲を中心に、当時の日本としては画期的なシングアウト(大勢で歌い上げる)スタイルで歌い、踊った。実に新鮮だった。
番組から生まれたヒット曲に、シングアウトの名曲『怪獣のバラード』、初期の番組テーマ曲『涙をこえて』『恋人中心世界』『若い旅』などがあるけれど、知らない人は全く知らない。塩見大治郎、若子内悦郎、泉朱子、小林啓子などの初期のメンバーを私はフルネームで言えるけれど、番組を視ていない人にとっては聞いたこともない名前。そんなメジャーなようでマイナーな番組。マイナーと言えば、番組のメンバーにはその後『木綿のハンカチーフ』でヒットした太田裕美や、『おはようございますの帽子屋さん』の谷山浩子が参加していたなどという知識はカルトQに近い。番組出身の最大の有名人は、1976年の大ヒット『ビューティフル・サンデー』で知られる田中星児。彼はNHKの『おかあさんといっしょ』の初代うたのおにいさんとして活躍しているから、速水けんたろうの大先輩にも当たるということになる。そんな星児さんと、プライベートなカラオケで一緒に歌うことになった。
星児さんは、お気楽夫婦が通っているスポーツクラブで良くお見かけしていた。けれど、今でもTV番組でお見かけする時には“ビューティフル・サンデー”オーラが溢れているのに、スポーツクラブでは芸能人オーラを一切消している(のだと思う)。決して目立たない。一般人の佇まい。そんな星児さんと何度かスカッシュをご一緒し、その後食事をする機会があった。芸能界ネタを振らずに終始する周囲の仲間たちをよそに、怖いものなしの私。話題がステージ101に及び、無謀にも星児さんの前でオリジナル曲をふと口ずさんだ。すると、星児さんが私の声に重ねてくれた。私の口から次々に当時の曲が溢れ出す。我ながらこんな曲まで覚えていたんだ!と驚く。記憶の発掘。「良く覚えてますねぇ」と星児さん。ではみんなでスカッシュやった後にカラオケご一緒しましょう!と調子に乗る私。「良いですねぇ」え”?意外にも星児さんの反応も良し。ではいつにしましょうか?と畳掛ける私。無事に日程も決まった。その後ロッカールームでお会いすると「00日ですよね」と声を掛けていただき、楽しみにしている様子。いい人♬
そして当日。「田中さん、体調悪くってスカッシュ来れないんですって」ん〜残念。アマゾンでステージ101のCDも購入し、準備は万全だったのに。「でも、カラオケは来ますって♬」一同安心、大爆笑♡…そしてフロントでぽつんと待っていてくれた星児さんと一緒にカラオケBOXへGO!遠慮がちな他のメンバーを余所に最初から歌い飛ばす私。つられて周囲も付いて来る。そして星児さんの出番だ。軽やかで良く通る声。ワンフレーズですっとその場にいた全員が惹き付けられるのが分かる。凄い。プロの声だ。プロの歌だ。そして図々しい私のリクエスト、ステージ101オリジナル曲(3曲もあった!)をその場でハモってくれる星児さん。嬉しい!自分が上手くなったような錯覚に陥る。40年を遡り、ヤング101の仲間になった気分。気持良い!楽しい!メンバー全員が歌う星児さんを写メで撮りまくる。その後も生『ビューティフル・サンデー』はもちろん、『おかあさんといっしょ』時代の曲やシャンソンなどを楽しそうに歌う星児さん♫まるで“うたのおにいさん”(ホンモノですから)。周囲もノリノリ。気が付いたら5時間が経っていた(笑)
「楽しかったねぇ♬」「また行きましょう!」全員が口を揃える。星児さんも満足そうに微笑む。いつもの良い人オーラを纏い、さっきまでの芸能人オーラはいつの間にか消えている。ひとたび極めた芸を表に出せばプロになり、抜いた刀を収めれば周囲に溶け込む武芸の達人の様相。
「今度は私も行きたい!」当日参加できなかった仲間からメールが入る。話を聞いて妻も行きたいと呟く。名付けて“星児と歌おう!2011”…次回開催は?
*田中星児さんご本人にお名前と画像掲載の了解をいただいています。

部屋に入った瞬間、かつてここを訪れたことがあると分かった。デジャビュ?そんな訳はなく、実体験。窓からはヴィクトリアハーバーと中環(セントラル)の摩天楼を望む、全く同じ間取り、同じ向き、ソファなどの家具のレイアウトも全く一緒の客室。前回、2009年に宿泊した時と同じタイプの部屋だった。違いはTVが液晶の大型のものになり、ネスプレッソのエスプレッソマシーンなどの備品が追加されたことぐらい。灣仔(ワンチャイ)にあるお馴染みホテル、グランドハイアット香港、通算4度目の滞在だ。ハイアットのポイントを貯め、アップグレードするのは最近のお約束。このホテルのビジネスフロアかスイートに宿泊すると、最上階のラウンジが自由に使える。お気楽夫婦はこのラウンジの使い勝手の良さがお気に入り。

お気楽夫婦は滞在中、ずっとこのラウンジに入り浸る。ビュフェスタイルの朝食も、日中からワインを楽しむティータイムも、夕方からシャンパンも飲み放題のカクテルタイムも。何よりもラウンジからの眺めが素晴らしい。九龍サイドのビル群と、ヴィクトリアハーバーを行き交う船を眺めているだけで飽きることがない。そして混雑することのないゆったりとした席、2度目の利用からは名前や部屋番号を聞かれることのない心地良いサービス。カクテルタイムには顔馴染みになったスタッフたちが、入れ替わり立ち替わりシャンパンを注ぎにやって来る。そして、同様に顔馴染みになる毎日通うジム、プールに通じる木漏れ日の路もお気に入り。「なんだかウチに帰ってきたような気分で、落着くんだよね」妻の言い分も良く分かる。

香港の旅、後半の滞在はフォーシーズンズ。香港周辺の島々に向かうフェリー桟橋を見下ろすロケーション。フェリー以外にも貨物船など驚く程多くの船が行き交うヴィクトリアハーバー。客室の窓から眺めつつビールをぐびり。備え付けのBOSEのiPodプレーヤーでお気に入りの音楽を聴きながら、ロバート・B・パーカー『盗まれた貴婦人』を読む。残り少ない彼の作品をじっくりと味わう。スペンサー・シリーズは、毎年夏のヴァカンスに持参して、旅先で読むのが恒例だった。それも残る1冊、来年が最後となってしまう。何か他の作品、作家を探さなければ。と、思い試しに買ってきた東直己のデビュー作『探偵はバーにいる』がヒット。主人公が酒好きであること、ボストンと札幌と主人公が住むのが同じく北の街というのも好ましい。

フォーシーズンズを選んだのは、龍景軒というホテル内にある広東料理店で食事をするため。けれど、このホテルには他にも魅力が溢れていた。客室数400室弱のこぢんまりとしたホテル。なのにヴィクトリア・ハーバーを望む最新マシーンを揃えた明るいジム、豪華なスパ、海に向って広がる爽快なインフィニティ・プール、ジャグージと、お気楽夫婦好みの施設が充実。客室から歩いていつでもそんな施設に行ける。その客室も、大きなライティングデスク、読書に最適なカウチ、広々としたバスルーム、長期滞在もOKの豊富な収納と条件ぴったり。隣接するIFCには品揃え充分のスーパー、レストラン、カフェ、ショップなどがあり、2人にとって必要なものは徒歩圏内に全て揃っている。
「こんな生活を毎日したいなぁ♡」妻が呟く。それは却下。というか経済的にも無理だし、このゼータクはハレのヴァカンスだからこそ。日常にしてしまってはいけない。「じゃあ、また来よう!今度はいつ来る?」顔馴染みになったグランドハイアットのラウンジのスタッフに、フロントのスタッフに、そしてフォーシーズンズの龍景軒のスタッフに「また来ます!」と挨拶していた妻。密かに次の旅の計画を温めている気配がある。自宅に帰るように、そこに住んでいるように過ごす。それがお気楽夫婦のホテル滞在のコンセプト。
■お気に入りホテルカタログ グランドハイアット香港

香港を味わう。お気楽夫婦2011年夏の旅のテーマは、香港食い倒れ。けれど、どうしても途中で倒れる訳にはいかなかった。6泊7日の日程の後半に、この店が待っていた。この店で食べるためだけに香港に向ったと言っても良い店。ミシュラン香港・マカオ版2009でただ1店だけ星を3つ獲得した龍景軒(Lung King Heen:ロン・キー・ヒーン)だ。ミシュランの3つ星の定義は「その店で食べるためだけに旅する価値がある」という評価。まさしくお気楽夫婦にとってはそんな店。前回2009年は知人に紹介され、ミシュランの評価も知らず、香港到着後に予約し、そして圧倒された。料理の素晴らしさはもちろん、心地良いサービスを香港で初めて味わった。そして2011年、ランチ2回、夕食1回の計3回、出発前にメールで予約をして万全の体勢で望んだ。…つくづく、おバカな2人である。

龍景軒があるのは中環(セントラル)のフェリー埠頭際に建つホテル、フォーシーズンズの4階。万全を期すために(笑)2人はこのホテルに宿泊。チェックイン後、さっそく龍景軒の初ランチに向った。受付で名前を告げる。事前に確認してあった通り、窓際の席が用意されていた。龍景すなわち龍の眺望という名前の通り、ヴィクトリアハーバーを望む絶好のロケーション。大きな窓から眺める景色を肴にビールをぐびり。ちょっと反則気味ながら調味料として出されたXO醤をつまむ。旨い。こ店のXO醤は評判の美味しさ。お土産として販売してもいる。最初の料理はロブスターとホタテの餃子。レンゲに乗せてがぶり。う〜んと声を出して唸る。旨い。2つの新鮮な食材が、絶妙な組合せと味付けで舌の上で舞い踊る。凄い!他に点心が2品、炒飯の蓮の葉包み蒸し、茸と野菜の南瓜詰めなど。目にも舌にも優しく、そして美味しい。笑みが零れる味。

翌日、2度めのランチ。午前中は毎日ジムで走って体調を整えているものの、さすがに数日来食べ続けた胃腸はへたり気味。予約時間を遅らせるお願いをするために店に向う。開店準備中のスタッフに声を掛ける。ついでに誰もいない店内の写真を撮りたいとお願いすると、快くOKとの返事。「See you later !」の声に送られジムに向う。そしてたっぷりのストレッチ、ランニング、プールとリフレッシュした後で、改めて店に伺う。席に着くと、予約変更で顔見知りになったスタッフが、わざわざ席を訪ね声を掛けてくれる。ちょっとした気遣いが心地良い。その日のランチも満足の味。そして帰り際、夜の予約席を確認。窓際の夜景が期待できそうな席だ。例のスタッフが「See you tonight again !」と笑顔で送ってくれる。

香港最後の夜。食い倒れ旅の掉尾を飾るのは夜の龍景。その名の通りシャンパングラスの向こうに九龍(カオルーン)の夜景が輝く。この店で絶品中華料理に合わせるベきはワイン。グラスワインも何種類か用意されている。この店の繊細な味付けには白で。お気楽夫婦の大好物、白灼蝦(茹で蝦)を手づかみで剥き、かぶりつく。蝦味噌の詰まった頭をしゃぶる。ぷりっとした蝦の身を、ぴりっと辛い醤を付けて頬張る。ん〜っ、んまい。ひんやりと良い香りのおしぼりが交換される。そのタイミングも相変わらず絶妙だ。そしてローストポーク。「うわぁ〜っ!これ凄い!これだったら食べられる♬」豚好きの私、さほどではない妻。焼物を頼む場合は2人とも好物のグースが通例。しかし、毎回食べるよりはと代わりに食べた焼豚が妻にヒットした。柔らかで脂が少なめなのにジューシーで、ほんのり上品に甘く香しい。焼き加減とタレが絶妙だ。う〜むむ、参りました。
「やっぱりこの店は凄いね。スタッフのサービスも、距離感も、料理ももちろん…」すっかりドラゴンマジックの術中に嵌った妻。ミシュラン香港版の三ツ星の店は2011年版では3店舗に増え、この店は三ツ星をキープ。納得。他人の評価はさておき、お気楽夫婦のお気に入り度はさらに上昇した。
「We‘ll be back soon !」見送ってくれたスタッフと握手しながら宣言する妻。え”?すぐに?それも“帰って”来る?…ともあれ、妻は英語であればはっきりと意思表示できるらしい。了解。また帰って来よう。この店で味わうために。
■食いしん坊夫婦の御用達 龍景軒(ロンゲインヒン)