その如月の 望月の頃「台湾料理 麗郷」渋谷

PhotoPhoto_2気楽夫婦が井の頭線渋谷駅から東急文化村に向かうルートの途中にその店はある。シアターコクーンの開演時間に間に合うようにと急ぎながら、オーチャードホールで観終わったオペラの感想を妻と語りながら、視界の端の方で「台湾料理 麗郷」という赤い看板を確認する。うん、まだ頑張ってるなとほっとする。その路地沿いにあったパン屋「フレッシュマン ベーカリー」や、トンカツ屋「勝一」、いろんな店がなくなってしまったけれど、この台湾料理の老舗は健在。風俗系の店が増えたり、(規制のためなのか)時には減ったり、家電量販店ができたりと街の風景が移り変わる中、独り変わらず道玄坂小路の顔として佇んでいる。

Photo_3の店に入ったほぼ100%の客がオーダーするのは「腸詰」だろう。1階のカウンタ前に縄のれんのようにずらっと吊り下げられ、赤く艶々とした肌で挑発している。これを食べて帰らぬ訳にはいかない。20年以上前、以前在籍していた情報誌系の企業の仲間たちと「麗郷行く?」と誘い合い、その度に大勢でやって来た。入口を入ってすぐの階段に並び、順番を待つ。並んでいる間、来日するアーティストの情報や、ロングランを続けるミュージカルの話題、仲間たちが小さな小屋で演る予定だという芝居の話などで盛り上がる。客が入れ替わり、席に座る順番が近づくと「俺、大根餅食いたい!」「やっぱり大蒜の芽だね」「しじみを忘れちゃいかんでしょ」「腸詰!」「あ、それは当然だから良いの」などとその日のオーダーが決まってしまう。そんな風に大勢で食べることが楽しく美味しい店だった。

Photo_4る週末、久しぶりに麗郷を訪れた。今は店の選択肢が増え、この店を選ぶことも少なくなってしまったけれど、たまにこうして発作的に足を向けたくなる。それでも、食べることに妥協したくはないお気楽夫婦。郷愁だけで店を選ぶことなどしない。だから、今でもきちんと美味しいという評価なのだ。腸詰とネギ、香菜(シャンツァイ)と辛味噌を合わせて口に運ぶ。うん、やはり旨い。初めて食べた時に味わった感動的な美味しさはもちろんなく、経験を積んだ分だけ批評することはできる。しかし、これで良いのだ、という味。焼きビーフンがぱさぱさとしていたけれど、それもご愛嬌。豆苗炒めと一緒に食べればちょうど良いかと意に介すこともない。相変わらず店員の愛想も良いとは決して言えない。なのに、いつもは接客に評価が厳しい妻までも楽しそうに食べている。

Photo_6Photo_5しぶりに訪れて気付いた。そうか、この店は台湾へのショートトリップができる店なんだ。店の入口の赤い看板は異界への目印。料理の値段も決して安いとは言えないけれど、台湾までの旅費を考えたら安いものだ。レンガ造りの昔ながらの佇まい。チェーン店では味わえない膨大な種類の中国語メニュー。マニュアル通りの接客ではない、この店ではそれもまた味になる変な日本語。たっぷりと台湾を味わい、店を出るとそこはやはり猥雑な渋谷の雑踏。小さな旅の終わり。気持がほかんと軽くなっている。時は春、如月の夜。花曇りの空ながら仄温かい陽気。のんびり夜桜見物でも行こうか。「良いね♪今日は歩いても平気な靴だし」…とある私鉄沿線の駅近く。のんびりと川に沿った桜並木を妻と一緒に並んで歩く。適度に酔った身体がふぅわりと心地良い。空を見上げれば望月の頃。西行の歌を思い出す。願わくは 花の下にて…。

日は美味しかったね♪次は何を食べに行こうか。台湾も良いけど、やっぱり香港に行きたいねぇ」と妻。…まだまだ西行を想うことはない。

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