近似と個性と『夜の公園』川上弘美『夜をゆく飛行機』角田光代

夜の公園然続けて読んだ2冊の物語に、なんとなく、同じような空気や匂いを感じた。その2冊とは、川上弘美の『夜の公園』、そして角田光代の『夜をゆく飛行機』。川上弘美の作品は何冊か読んでいた。現代を書いているのに、ちょっと懐かしい時代のような、物語世界の湿度が高く、登場人物の体温は低い。今に繋がっていながら、どこにも存在しないような不思議な空気が漂う。けれど『蛇を踏む』や『センセイの鞄」など、何冊か読んだ妻が「暗いから嫌い」と言い捨てたため、全作は買ってはいない。一方、角田光代は「悪くないね」とやはり何冊か読んだ妻の評。『空中庭園』や『対岸の彼女』など、現代を書いていて、生々しい物語でも、湿度は低く、温かみがある空気。登場人物は、きっちりと存在感のある設定。2人の作家の描く世界を近いと感じたことはなかった。

んな2人の物語。なぜ近いと感じたのだろう。共通するのはタイトルに含まれた「夜」の文字。あらためて表紙を見比べてみる。川上弘美は、夜の闇に沈む深い土の色。角田光代は、空と夜が溶合う深い青。『夜の公園』には手を差し伸べる横向きの天使が、『夜をゆく飛行機』には夜空を見上げる若い女の子の後ろ姿が、それぞれ描かれている。あれ?手書きのタイトルの「夜」の文字が似ている。カバーデザインの担当を見てみる。そこにはいずれも坂川栄治+田中久子(坂川事務所)とあった。偶然か、出版社の意図なのか。ちなみに両作品とも中公文庫。

夜をゆく飛行機上弘美の『夜の公園』は、(井の頭公園を思わせる)文字通り夜の公園から物語が始まる。主人公リリの横をマウンテンバイクで通り過ぎた9歳年下の暁、リリの夫である幸夫と高校時代からの友人である春名。各章毎に、4人の視点で描かれる4人の関係。どろどろしそうな設定の、恋愛の物語。けれど、幸福の甘さも、現実の苦さも、絶望的な物語のクライマックスも、たんたんと綴られる。突き放してはいないけれど、どこか他人事のように自分を眺めているリリの視点。自由と束縛が単純な対立関係として語られるのではなく、結婚と恋愛が矛盾するものとして描かれるのではなく、最後にちょっと救いのある物語。CXの深夜ドラマの原作にぴったり。

田光代の『夜をゆく飛行機』は、17歳の女子高生、家族にリー坊と呼ばれる4人姉妹の末っ子、里々子(りりこ)が主人公。ちなみに、『夜の公園』のリリは、友人の春名に「リリという名前は座りが悪くて、呼ぶのが恥ずかしいから」という理由でリリ子と呼ばれている。(何という偶然!それとも2人の作家の競作?)寂びれる商店街の、近所にできた大型スーパーの影響を怖れる酒屋の家族。4人の姉妹が引き起こす数々の物語。ありえねぇ!と叫びそうになる設定なのに、なぜか微笑ましく、温かく、リアリティも感じさせる相変わらずの手腕。家族の一人ひとりのキャラが立っていて、魅力的。物語が終わっても、ずっとこの家族を見守りたい、続きが読みたいと思わせる。昔のTBSのドラマの脚本にも使えそうな。

通する空気や匂い、夜という舞台が効果的に使われる設定。けれど、際立つ作者の個性。満足の読後感。ところで、この2冊はどうだった?読んでみたらと薦めた妻に尋ねる。「ん、まぁまぁかな」相変わらず、妻と私の読書傾向は、近く、遠い。

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