涙のロースト・グース「満福楼(ダイナスティ)/香港」

picg1995年クリスマス。初めての香港で、私たちは貪欲に食べ歩いた。福臨門魚翅海鮮酒家、鹿鳴春、陸羽茶室…。確かに、期待した有名店で満足の味は得られた。充分に堪能した。でも、自分たちの“お気に入り”と呼ぶには至らない。そんな贅沢な物足りなさを感じていた。そんな時に、そのレストランに出会った。喧騒の尖沙咀(チムシャーツイ)のホテルの中にありながら、落ち着いた佇まいの上品な店。

前菜にピータン。一緒に添えられた上品に甘い生姜、旨い!こんな組合せがあったのか。冷えたサンミゲルとの相性も抜群。次は点心。海老餃子もなかなかの味。他の店で知った腸粉の舌触りも悪くない。ビールが進む。そして、他のいくつかの点心を取った後に、その一皿はやってきた。それは、ロースト・グース。「ジェット・グース」と絶賛された「鏞記酒家」でガチョウのローストも食べた。しかし、この店のグースの皮の香ばしさ、歯ごたえ、甘辛いフルーティなソースときたら…。口の中で広がるジューシーな肉、クリスピーな皮、ソースのバランス。…美味しい。

満福楼のグースは、その後何度か香港を訪れる度に、必ず食べに行く気に入りの店とメニューになった。そしてある年、友人たちと香港を訪れた際に、妻は嬉々として友人を誘い、その店を訪れた。そして、いつものメニューを頼み、楽しみに待った。ところが、出てきたのはいつもの料理じゃない。甘いソースも、クリスピーな皮も…。妻のオーダー間違いだった。「残念だねぇ。食べたかったねぇ」と、ちょっと無神経な私。「これも美味しいよ」と言ってくれる友人たちと談笑していたのもつかの間、妻が涙を流し始めた。「えぇ!どうしたの?」心配する友人たち。「みんなに、食べて欲しかったの。ほんと、美味しいんだよ」ふだん、口数の多くない妻が、小さな声で涙の理由を説明した。

それ以降、それは「涙のロースト・グース」と呼ばれる仲間内で有名なメニューとなった。

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SINCE 1.May 2005